そして当初のロードマップで17年度開始予定だった1、2号機の使用済み燃料プールからの燃料棒搬出、20年度上半期から21年度下半期にかけて開始予定だった1~3号機からの燃料デブリの取り出し作業はいまだ未着手のままだ。
このうち2号機の使用済み燃料プールからの燃料棒取り出しは、現在では早くとも「24年度開始」と計画が修正されている。唯一水素爆発を逃れた2号機だったが、逆にそれがあだとなり、破損した格納容器から漏れ出した放射線がほぼ密閉された建屋内に充満。1~4号機の中で最も建屋内の線量が高く、屋内の使用済み燃料プールに作業員が近づくことすら困難な状況となっている。東電は現在、2号機建屋脇に独自の構台を建設中で、この構台から遠隔操作可能なクレーンを挿入して燃料棒取り出しを行う計画である。
1号機での使用済み燃料棒取り出しは、3号機と同じく水素爆発で発生した建屋上部のがれきを撤去後、線量を低減してから開始となる。現在は線量の高い粉塵ががれき撤去時に飛散するのを防止する建屋カバーを建設中だ。計画では1号機での使用済み燃料棒の取り出し開始は27年度の見込み。このように使用済み燃料棒取り出しだけでも、1~3号機ですでに4~10年の遅れが生じている。
だが、それ以上に難航するのが、廃炉作業の本丸中の本丸とも言われる1~3号機の圧力容器、格納容器の中に残る推計総量880トンの燃料デブリの取り出しだ。
そもそも燃料デブリを取り出すためには、各号機とも内部のどこにどの程度の量のデブリが溶け落ちているかがわからなければならない。しかし、これまで遠隔操作カメラで撮影した容器内の映像から判明しているのはごく一部に過ぎないのである。
1979年3月、米ペンシルバニア州にあるスリーマイル島原発で起きたメルトダウン事故では、事故後6年目から始まった130トンの燃料デブリ取り出しは5年間で終了した。この時の年間26トンのデブリ取り出しという速度を機械的に計算するならば、福島第一原発では今から33年かかることになる。ロードマップの計画をはるかに超えて45年を要するのだ。
しかも福島第一のデブリ取り出しは、スリーマイル事故と比較にならないほど難易度が高い。スリーマイルの場合はメルトダウンしたデブリは全量が圧力容器内にとどまっていた。福島第一の場合はより深さのある格納容器底部に溶け落ち、それも広範囲に広がっていると予想されている。
ジャーナリスト・村上和巳