全日本プロレスと新日本プロレス興行(以下、新日本興行)の業務提携第1弾となった1984年8月26日の田園コロシアム大会は、2代目タイガーマスク(三沢光晴)のデビュー戦、スタン・ハンセン&ブルーザー・ブロディの超獣コンビにジャイアント馬場&ドリー・ファンク・ジュニアが挑戦するPWF世界タッグ戦などで話題を呼び、超満員1万3500人を動員。
新日本プロレスが「プロレスブームではない、新日本プロレスブームだ」と胸を張った81年9月23日の同所でのビッグマッチと同じ観客動員数をマークし、総売り上げ5000万円の大興行になった。
この2日前の8月24日、ある事件が水面下で起こっていた。当時、新日本興行は新日本プロレスの興行も手掛けていたが、新日本興行の大塚直樹社長は「弊社に事前の了解を得ることなく、全日本と業務提携を結んだのは基本取引契約に反するものであり、全日本との契約を破棄して以前のような業務体制に戻さなければ、9月末をもって新日本興行との興行上の基本取引契約を解除する」という通知書を手渡されたのである。
同夜、大塚は馬場に「今後は新日本と手を切って、全日本の興行に力を入れていきます」と報告。馬場は「ウチとの業務提携がそういう立場に追い込んだのならば、責任をもって今後とも新日本興行をバックアップしていく。ウチにとっても新日本興行が全面協力してくれることは心強い」と歓迎の意を示した。
新日本と絶縁し、全日本と二人三脚で歩むことを決断した大塚は、業務提携第1弾の田園コロシアム大会の成功を見届けた上で、大会翌日の27日に記者会見。
「新日本が強硬な姿勢に出るならば、自主的に手を引かせてもらいます。今後は私たちが興行を手掛ける全日本にひとりでも多くの選手に上がってもらえるように引き抜きを仕掛けます。ただし、すでにチケットを買っているファンやプロモーターの方々に迷惑をかけないように、現在開催中の『ブラディ・ファイト・シリーズ』が終了する9月20日以降にアクションを起こします。今後は馬場さんが言われる“日本マット界の統一”に尽力していくつもりです」と、選手の引き抜きを公に宣言した。
こうした新日本興行の動きに、新日本は事前から備えていた。契約解除の通知書を大塚に手渡したのはブラディ・ファイト・シリーズ開幕戦が行われた8月24日の後楽園ホールでだが、8月3日のプロモーター会議の時点でアントニオ猪木は出席者たちに「9月のシリーズはポスター類が出回っているから無理にしても、9月いっぱいで新日本興行とは手を切る方針です」と説明していたからだ。
新日本興行の反撃を見越したように、ブラディ・ファイト・シリーズにはカナダ・カルガリーで修行中の平田淳二(現・淳嗣)を緊急帰国させた。平田をマスクマンに変身させて、キン肉マンとして売り出すつもりだったのだ。
だが、8.24後楽園の開幕戦の時点で承諾を得られていなかったため、平田はやむなくキン肉マンを連想させるピンクのマスクの上に目出し帽を被って試合に乱入したが、アニメ「キン肉マン」は全日本を放映する日本テレビの人気番組だったために、最終的に許可が下りず、目と口にメッシュを入れた、表情がまったくわからないストロング・マシンに変身することになった。
また9月20日の大阪では、猪木が大相撲の人気力士の小錦(現KONISHIKI)の実兄アノアロ・アティサノエと格闘技戦を行うなど、全日本&新日本興行連合軍の押せ押せムードに対抗した。
さて、新日本興行の引き抜き宣言で注目されたのが維新軍のリーダー、長州力の去就。長州は新日本興行の加藤一良専務と個人的に仲がよく、Tシャツなどのキャラクター商品の販売や芸能活動のマネージメントをする個人会社「リキ・プロダクション」の運営を任せ、事務所も新日本興行の事務所内に設けられていたからだ。
新日本は引き抜きを阻止するべく、長州と谷津をシリーズ終了と同時にニューヨーク遠征に出すこと、維新軍団の解散を決めた。
長州も「大塚さんとは話をするが、移籍は絶対にあり得ない。無責任な噂が飛び交っているから、それを吹っ飛ばす意味もあるし、この辺で俺たちももっと大きな目標を見つけて新たな戦いを始めようということで、軍団抗争は終わりにする。俺は谷津を連れてしばらくニューヨークへ行く」と噂を否定し、9月18日の江南市体育館で長州&アニマル浜口&谷津VS猪木&藤波辰巳(現・辰爾)&木村健吾(現・健悟)による維新軍と正規軍の最終決戦が行われ、長州が木村を押さえて有終の美を飾った。
9月20日の大阪での最終戦の後には全選手参加の打ち上げが行われ、坂口副社長は長州、谷津に「ニューヨークでも頑張れよ」と声をかけたという。だが、引き抜き解禁日の翌21日に大激震が──。
小佐野景浩(おさの・かげひろ)元「週刊ゴング編集長」として数多くの団体・選手を取材・執筆。テレビなどコメンテーターとしても活躍。著書に「プロレス秘史」(徳間書店)がある。