1982年早々に、新日本プロレスvs全日本プロレスの仁義なき引き抜き戦争は決着がついた。2月4日の東京体育館におけるジャイアント馬場vsスタン・ハンセンが1月28日の同会場でのアントニオ猪木vsアブドーラ・ザ・ブッチャーに試合内容、観客動員で勝利したのである。
しかし、勝負はそれ以前に終わっていた。年が明けてすぐに、新日本の引き抜き仕掛け人の新間寿取締役営業本部長がプロレス専門誌ゴングの編集顧問・竹内宏介を通して、馬場に停戦の申し入れをしていたのだ。
新間はかつて猪木が23歳で旗揚げした東京プロレスの営業本部長でもあり、竹内とはその当時から仲がよかった。猪木とストロング小林の超大物日本人対決、猪木とウイリエム・ルスカの格闘技世界一決定戦などを仕掛けた時にも竹内からアイデアをもらっていた。
また竹内は馬場とも懇意にしていた。ミル・マスカラスのブームの仕掛け人でもあり、様々なアイデアを馬場にも提供していた。
新日本と全日本が冷戦状態にあって、両団体のトップと親密な関係を築いていた竹内は、ある意味で日本プロレス界の黒幕的存在だったと言ってもいい。
「ブッチャーを引き抜いたのはいいけど、シン、ハンセンを相次いで引き抜かれて‥‥竹内さんは馬場さんの戦術を“防御は最大の攻撃なり”って表現していたけど、馬場さんは常に戦闘的な猪木と違って、攻め込んだ新日本を包み込むように攻めてくるっていうことを実感させられたね。あの引き抜き戦争は、新日本の痛手が大きかったし、結局は外国人のギャラが高騰するだけだったから、停戦を申し入れるつもりで竹内さんに仲介してもらった」と新間は言う。
竹内が馬場に新間の意向を伝えたのは、ハンセンの全日本マット来日第1戦が行われた1月15日の木更津市倉形スポーツ会館。馬場は「いいよ。この喧嘩は、別にこっちから仕掛けたわけでもないしな」と快諾した。
実は前年10月にも、新日本と全日本を和解させようという動きはあった。同月11日と12日にネバダ州ラスベガスで行われたNWA総会に馬場と新間が出席した際に、両団体の関係悪化を危惧したNWAの書記でもあるジョージア州の大物プロモーター、ジム・バーネットが、本会議終了後に「私が仲介するから、別室でミスター・ババとミスター・シンマの2人で話し合いをしたらどうか?」と提案。
新間はOKして新日本の外国人招聘窓口のWWWF(現WWE)総帥ビンス・マクマホンと待機していたが、馬場は「東京にいるテリー・ファンク(全日本の外国人招聘窓口)に連絡を入れた上で」と、答えを保留。結局、テリーの「その必要はない」の一言で会談は実現しなかった。
だが、実際には2カ月後にハンセン引き抜きが決まっていたため「ここで話し合いの場を持ったら、ハンセン引き抜きが御破算になる可能性もある。ハンセン引き抜きに成功した上でなら話し合いもできるが、この戦争で新日本に致命的なダメージを与える前に手打ちはできない」という馬場の判断だった。
それから3カ月。ハンセンを獲得したことで勝利を確信した馬場は、新日本の停戦申し入れを快諾した。
馬場と猪木のトップ会談は2月7日、午後6時半からホテルニューオータニで極秘裏に行われた。
まず馬場と猪木が10分の時間差で用意していた部屋に入り、その40分後に竹内と新間が入室した。まずは馬場と猪木の2人だけで話し合いをさせようという配慮だった。
「人の目があると見せなくていい強がりを見せたり、言葉や態度が変わったりするだろうから、あえて先に2人だけにしたんだよ。馬場さんのほうが年長だから、猪木はまず頭を下げなきゃいけないわけだしね。しばらくして竹内さんと部屋に行ったら、2人ともニコニコしていて突っ張り合っている感じはなかったし、きっと昔の2人はこんな感じだったんだろうなという雰囲気でしたよ。猪木が“まあ、こいつ(新間氏)も言いすぎるところがありますけど、わかってやってください”って言ったら、馬場さんが“俺もな、あんまり言われると頭にくるよ”って(苦笑)」(新間)
話し合いは和やかに進み、外国人引き抜き防止協定のガイドラインを策定。この日をもって引き抜き戦争は終戦となった。
馬場がこの会談を承諾したのは、外国人選手のギャラ高騰にストップをかけるのはもちろんだが、前年暮れに全日本の新社長に就任して馬場に引退勧告とも取れる発言をした松根光雄に対する「裏では猪木とつながっている」という牽制もあったかもしれない。
また、猪木は馬場にアントン・ハイセルへの投資、さらには「新しい会社を作って、2人でプロレスとは違う事業をやっていきましょう」と提案したが、馬場は「そういうものには金を出さないよ」と固辞した。BI各々に思惑があっての停戦交渉だったのだ。
小佐野景浩(おさの・かげひろ)元「週刊ゴング編集長」として数多くの団体・選手を取材・執筆。テレビなどコメンテーターとしても活躍。著書に「プロレス秘史」(徳間書店)がある。