清濁併せ呑み、スキャンダルを乗り越えてこそ歌舞伎スターだというのが石川氏の持論である。
「伯父・猿翁だって、浜木綿子と結婚後に初恋の人・藤間紫が忘れられず、不貞の末、再婚を果たしている。息子の香川照之とは40年以上絶縁状態だったが、楽屋を訪ねる香川を追い返す猿之助に『あんたの実の息子なんだから会ってあげなさい』と、その親子復縁をさせたのが紫さんだった」
芸能界で活躍する息子の話は一切NGにするほど頑なだった猿翁も、寄る年波には勝てず、40年以上の時を経て親子は和解する。
「その後、孫を五代目市川團子(19)として梨園に迎えたのは血のつながりを重んじる歌舞伎界ならではのことです」(石川氏)
香川が果たせなかった猿之助襲名の夢は、猿之助の代役を見事に果たした團子が継ぎ、親子の因縁は3代で完結することになるのか。一方、独身を貫き、世継ぎももうけなかった、四代目猿之助は何を思うのか。
「そもそも猿之助は名跡ではありません。先代が團十郎の演目を勝手に演じて破門され、その後歌舞伎界に復帰を許されたのが澤瀉屋で、猿之助の名前を大きくしたのは猿翁です。昔の出し物を猛勉強の末、宙乗りを作り出し、スーパー歌舞伎として新たなファンを獲得した。歌舞伎界では『團菊』と言われる團十郎、菊五郎に迫る位置にまで押し上げた。それを引き継いだ猿之助には想像以上の重圧があったのでしょう」(石川氏)
騒動を受け、脚本家の三谷幸喜氏や、上沼恵美子など芸能界からは早くも猿之助へ復帰エールが送られている。
「松竹は復帰させたいでしょうが、3人の家族会議での『死んで生まれ変わろう』となった話が果たして成立するのか。事情聴取されているが少なくとも亡くなった両親の現場にいたのは猿之助だけです。つじつまが合う話でも世間は許さないのでは」(石川氏)
12年の襲名時の著書「僕は、亀治郎でした。」(集英社)で「亀は万年、猿は永猿」と飛躍を誓った猿之助だが、果たして不死鳥の如く梨園に舞い戻るかどうか。