カープファン、タイガースファンなら、新井貴浩という男のプレースタイルを覚えているだろう。彼は打った時には全身で喜びを表現し、打てなかった時には悔しさを前面に押し出した。
2016年にカープが25年ぶりにリーグ優勝した際には黒田博樹と抱き合って、まるで子供のような喜び方をした。つまり人間として、表現力が豊かなのである。この姿は、監督になった今でも変わらない。
監督になって掲げた言葉は「カープ家族」だった。これはチームが一丸となって戦う姿勢を表すものだが、開幕から3カ月が経過した現在も、その雰囲気は変わっていない。監督が親、コーチが兄貴、選手が子供というふうに見ると、非常に分かりやすいのだ。広島で「家族」といえば、カープのことを指す場合もある。
毎試合、地元新聞には「新井語録」が掲載される。彼は選手がどんなミスをしても、絶対に悪く言わない。常にポジティブな言葉で、選手を励ますのだ。そして試合で先発に起用した選手は、よほどのことがない限り、代えない。「この試合はお前に任せた」という雰囲気が伝わって、若い選手が発奮することが多い。内野手の韮澤雄也(22歳)、外野手の田村俊介(19歳)、育成から支配下登録された中村貴浩(23歳)などは、新井監督でなければ1軍で起用されることはなかったと思う。
戦術面でも、今季のカープはよく走る。昨季のチーム盗塁数が球団史上最低の26だったことを考えると、その変化は著しい。例えば、今季初めて盗塁を決めたのは、昨年は盗塁ゼロだったマクブルームだったし、塁に出た選手は、その多くが偽走を試みる。これで相手チームのミスを誘発したケースもあった。
打者は3球ともフルスイングで三振しても、ベンチに戻れば、監督が拍手で迎えてくれる。盗塁に失敗しても、走ったことの勇気の方が称えられる。とにかく「攻める」「戦う」選手が評価されるのである。
さらに具体的に書けば、早い回(1~6回くらいまで)で、野手にバント(犠打)サインが出ることは稀である。ただ時々、自らの判断によってセーフティー気味のバントで走者の塁を進める打者もいるが、それも打者の自主性を重んじる。
その一方で、先発投手の球数制限、ベテラン選手の積極休養など、選手の体調管理には、ことさら気を配る。ただ「がむしゃら」なのではなく、長いシーズンを見据えて、賢く乗り切るための冷静で科学的な判断も、新井野球の特徴のひとつである。
新井野球の核心は、家族のような思いやり采配、若い選手の育成采配…。いろいろな側面があるが、ひと言で表現すると「最強の草野球を目指す」ということになるだろう。さらに新井野球ならではの面白い話を、著書「逆境の美学─新井カープ“まさか”の日本一へ!」(南々社)の中で詳しく紹介した。
(迫勝則)
1946年、広島市生まれ。作家。山口大学経済学部卒。2001年、マツダ(株)退社後、広島国際学院大学現代社会学部長(教授)、同学校法人理事。14年間、広島テレビ、中国放送でコメンテーターを務める。現在も執筆、講演などを続けている。主な著書に「広島にカープはいらないのか」「森下に惚れる」(いずれも南々社)、「前田の美学」「黒田博樹 1球の重み」(いずれも宝島社)、「主砲論」(徳間書店)、「マツダ最強論」(溪水社)など。