まるで映画「タイタニック」のスピンオフ作品を見ているかのような奇談だ。
北大西洋で1912年に沈没した豪華客船タイタニック号の探索ツアーに向かった潜水艇「タイタン号」が消息を絶ち、富豪や冒険家ら5人が行方不明になっている。潜水艇に備えられている緊急用の96時間分の酸素も、残りわずかとなった。
乗客乗員ら1600人余の亡骸と遺恨と共に永遠の眠りにつくタイタニック号は、いわば世界屈指の「心霊スポット」でもあり、今も大潮時に氷山が流れてくる、航海の難所だ。4万6000トンの豪華客船が真っ二つに割れ、渦を巻いて沈んでいった阿鼻叫喚の現場を、3500万円もかけて見に行くのは金持ちの悪趣味だ。犠牲者の魂が不届き者を「地獄に呼んだ」とも言えるだろう。
呼んだといえば、アメリカのジョー・バイデン大統領は6月16日、コネティカット州で開催された銃規制法案をめぐる会合での演説の最後を、スピーチ原稿にはない「女王陛下万歳!」と唐突に叫んで締め括った。同行記者らはその場でフリーズ。ホワイトハウス報道官は「演説現場の聴衆に呼びかけた」との不可思議な説明に終始した。バイデン大統領は昨年9月に亡くなった英国エリザベス女王(享年96)の葬儀に参列している。
死が差し迫った人には故人が見える、故人がお迎えに来たような多幸感を感じるという。死期の近い患者や高齢者が「婆さんが迎えに来た」「死んだ戦友が迎えに来た」と言い出すアレだ。
筆者も死期の近い女性に「ほら、今日は隣の病室の○○さんがお見舞いにきてくれたんですよ」と、半年前に亡くなった患者を紹介してもらったことがある。
言葉を発することができなかった高齢者が「みなさん、今までどうもありがとう」とスタッフや入院患者、あらぬ方向に丁寧にお礼を言った翌朝、ベッドの中で亡くなっていたりも。
あるいは酸素マスクをつけて虫の息の女性が「今朝、お亡くなりになった△△さんが、お別れを言いにきてくれたの」と隣のベッドに手を振っているのを見たことも、一度や二度ではない。脳が死の恐怖や苦痛を和らげるために幻影、幻聴を生み出していると言われている。
2007年に仙台市内の在宅緩和ケア施設が行った、遺族を対象とした調査でも、回答者の4割が「故人が死の直前期に、他人には見えない人の存在や風景について語った」と「お迎え現象」について言及。
その後、2011年の東日本大震災後で津波の犠牲者を多数出した宮城県石巻市では、タクシーに乗せたはずの女性や子供を目的地まで送り届けると、その姿が消えたという「幽霊タクシー」の噂が流布した。
先の調査を行った医師が在籍する東北大学や東京大学では、「お迎え現象」を真面目な研究対象と捉え、「臨床死生学」講義を医学生や看護学生、文学部の学生や大学院生が受けている。
バイデン大統領の場合、故エリザベス女王陛下がお迎えに現れたというより、最近のことが覚えられない、などといった老化現象の可能性もあるが、間違っても「故人にそそのかされ」核のボタンを押すことがないように祈るしかない。
(那須優子/医療ジャーナリスト)