それでは、岸田総理はどう立ち回れば、約20年ぶりの日朝首脳会談に漕ぎつけることができるか。五味氏が続ける。
「北朝鮮が国連安保理決議に基づく制裁を受けている以上、経済支援や食糧支援はできません。例えば北朝鮮国内ではまだ収束していないコロナ関連の医薬品などが、交渉のカードになりうるでしょう。また、北朝鮮には第二次世界大戦後、広島や長崎で被爆したのちに本国に帰った、かつての在日朝鮮人の人たちもいます。かなり高齢ですが、そういう人への医療支援なども考えられそうです」
また、国際ジャーナリストの山田敏弘氏は次のように解説する。
「今の北朝鮮は韓国とも距離を置くほど孤立しています。実は日本の立場としては、交渉再開の難易度は国際的に見て決して高くありません。それはなぜか。簡単に言えば、アメリカの注意がロシアとウクライナ、それと中国に全振りされているからです。つい最近に在韓米兵の北朝鮮国内への逃亡、というイレギュラーな事件もありましたが、北朝鮮との対話に関してはむしろ日本に任せたい、というのが本音でしょう」
19年に現職としては初めての訪朝を実現したドナルド・トランプ前大統領とは違い、ジョー・バイデン大統領にとっては北朝鮮政策の優先順位が著しく低いというのだ。
「日本が拉致問題や、ミサイル演習などの核開発問題を争点にしたい一方で、北朝鮮側が一番に求めるのは経済制裁の解除です。そこにつながる何かを交渉の俎上に載せれば会談には応じるはず。あとは、一時は控えていた日米韓の合同軍事演習をガンガン再開しているので、その縮小も要求してくるでしょう。核開発をやめることはないので、拉致問題解決に向けてまずは相手をテーブルにつかせることが重要です」(山田氏)
五味氏は、岸田総理の心情面から考えても、電撃訪朝に前向きな姿勢は理解できる、と語る。
「安倍元総理は日朝外交に尽力したことで評価を上げた政治家でもあります。安倍内閣の一員としてその背中を見てきた岸田総理には、訪朝と会談を果たせば、最終的に日朝首脳会談を実現できなかった安倍元総理を超えられる、という考えがあるように思えます。それに極端なことを言えば、たとえその場で拉致やミサイルの問題を解決できなかったとしても、『拉致被害者を返してくれ。ミサイルを撃たないでくれ』と発言するだけで、国内外での評価は高まり、長期政権への足がかりになるだろう、と踏んでいるはずです」
だがもちろん、何ら進捗が見られない今の時点では、その政治的思惑は単なる絵に描いた餅にすぎない。
「正直なところ、今後1カ月が勝負になるでしょう。圧倒的なスピード感が必要となるが、それは岸田総理が苦手とするアクションでもある。旧統一教会問題一つとっても、8回目の質問権行使、という事態にでもなれば、そのままズルズルと長期化していくのは火を見るより明らかだ。そうすれば内閣の支持率も低空飛行を続け、解散総選挙に打って出ないという選択肢も検討されるでしょう」(永田町関係者)
今回、浮上した2つの支持率アップ作戦は、岸田総理が安倍元総理に抱き続けたコンプレックスの裏返しとも言えるが、旧統一教会の被害者、拉致被害者とその家族が救われるのは事実だ。
しかし、ウルトラCの救済策で政権が維持されるとしたら、厳しい「大増税」の波が押し寄せてくることは、明白だ。我々国民は、そのジレンマに板挟みになるほかないのだろうか。