インド洋には海面が世界平均より抜群に低い「低ジオイド地域」と呼ばれる、重力異常地帯が存在する。世界の地球物理学者たちは、この広さ300万平方キロを超えるエリアを「巨大な重力の穴」と呼び、さまざまな方法で謎の解明に挑んできた。
この奇妙な「重力の穴」は、1948年にオランダの地球物理学者フェリックス・ベニング・マイネスが船舶を使った重力調査で発見した。広大な面積のため、上からは普通の海面と変わらずに見えるものの、実は106メートルも低い。この地帯の重力が小さいため、海水が周辺へ流れることで発生する現象なのだという。
ところが発見から七十数年を経る中、インド科学研究所の地球物理学者アットレイー・ゴーシュ氏らの研究チームが、コンピューター・シミュレーションを駆使。研究に関する論文が、2023年5月5日付の「Geophysical Research Letters」に掲載されている。
同チームでは、過去1億4000万年の間に地殻プレートが「重力の穴」の周囲でどのように動いたか、19のシナリオをもとに分析。すると、穴の下にあるものが直接的な要因となって重力を弱めている可能性がないことが判明したのである。海洋ジャーナリストが解説する。
「さらに分析を進めると、海面下の地殻やマントル、コアの質量により、重力にバラツキがあることがわかりました。これをモデル化した『ジオイド』で可視化してみたところ、特徴的なマントルの構造と、アフリカ大陸の下で起きている小さな地殻変動が原因らしい、ということがわかったのです」
ちなみに、国土地理院サイトの説明によれば〈日本の標高の基準は、測量法で平均海面と定められています。この平均海面を仮想的に陸地へ延長した面をジオイドといいます〉との説明がある。
海洋ジャーナリストが続けて言う。
「そもそもインド洋は、アフリカ大陸とインド亜大陸が分かれる前のゴンドワナ大陸付近にあったテチス海がその原型。それが1億2000万年前に北上し、現在のインド洋を形成した。つまり、大陸の下に潜り込んでいる海洋プレートは、2億年以上前に存在したテチス海の海底の名残だったというわけなんです。そして高密度のマントルが溶け、それが海底の下へと潜り込むことで、マントル内で対流運動が発生した。これらの物質がインド洋の下に流れ込み、インド洋の穴と呼ばれる『低ジオイド地域』を形成した、という結論に至りました」
インド洋に現れた巨大な「重力の穴」は、実はテチス海が残した「残骸」。つまりは「古代の海の亡霊」だったのである。
(ジョン・ドゥ)