今年の夏興行は多くの話題性に富む。「宣伝なし」で押し切った宮﨑駿監督の新作「君たちはどう生きるか」。米国での心無い原爆コラージュ画像が物議をかもした「バービー」など、興行面への関心を含めて、一筋縄ではいかない作品が並ぶ。
中でも、王道の娯楽大作として存分な出来栄えを見せ、大ヒットしているのが、シリーズ3作目の「キングダム 運命の炎」だ。最終興行収入50億円突破の可能性がある。
実のところ、今回の主役は大沢たかお扮する王騎だと言っていい。大沢は、夏興行作品における主演男優賞ではないか。純然たる主役である信(しん)役の山崎賢人、もう一人の重要人物である秦の国王・吉沢亮よりも、今回は重要な役回りだ。
何があろうが、全く動じる気配を見せない異様なまでの落ち着きぶりと、不敵な面構え。秦の総大将になった王騎は敵国・趙との戦いに対し、水を得た魚のように、趙の軍師たちの思惑を超える辣腕ぶりを発揮していく。
そもそも「キングダム」の前2作も、大沢の演技に支えられている面が大きかったと言えよう。聞きようによっては慇懃無礼な、もって回ったセリフ回し、周囲を圧倒する威圧感ある肉体からは、戦場のカリスマとしての存在感が匂い立っていた。
王騎の「私も過去と向き合わねばなりません」という言葉に象徴されているように、本作は過去のある一件が話の鍵を握る。その過去の一方の重要人物がシリーズで初めて姿を現すラストは、見応え十分であった。自信漲る王騎に、ついに不吉な影が忍び寄ってくるのだ。
ひとつ、重要なシーンだけ触れておく。王騎が、信が指揮する100人隊の激励に赴く場面だ。兵たちは、その場に王騎が来てくれたことに感激する。それを王騎が鼓舞する。「全軍、前進」。兵たちは大興奮だ。信は「すげえ」と目を輝かせる。カリスマ王騎、絶好調の図である。
ところが、そこでただ一人、何の高ぶりも見せず、不愛想な表情を浮かべている人物がいた。清野菜名扮する剣の達人・羌(きょう)かいだ。
彼女は王騎に対し、懐疑的な視線を投げかける。2人の間の関係性以前に、彼女の表情と無言ぶりは、100人隊を無謀な戦いに駆り出そうとしている王騎への不信感に見えてくる。
戦いのカリスマは風貌、言葉、振る舞い、知略など、人を惹きつける魅力において天下一品だ。だが内面を掘り下げてみれば、兵たちを戦場、すなわち死に駆り立てていく非情な人物でもある。羌かいの反発的な態度は、そのことを強く示唆しているように感じる。
つまるところ、本作は王騎のカリスマ性と、その奥に潜む残酷さの二面性こそが、見どころの源泉になっていると言っていい。大沢たかおが、その難しい演技の両面性に踏み込んで前人未踏の武将を演じ、「キングダム」ワールドを引っ張っている。
(大高宏雄)
映画ジャーナリスト。キネマ旬報「大高宏雄のファイト・シネクラブ」、毎日新聞「チャートの裏側」などを連載。新著「アメリカ映画に明日はあるか」(ハモニカブックス)など著書多数。1992年から毎年、独立系作品を中心とした映画賞「日本映画プロフェッショナル大賞(略称=日プロ大賞)」を主宰。2023年には32回目を迎えた。