映画館で毎週毎週見る商業映画に、ちょっとがっくりくる日々が続いていた。どれも、期待を大きく裏切っていたからだ。ところが、溜飲を下げる作品があった。「仕掛人・藤枝梅安2」だ。前作の「仕掛人・藤枝梅安」に続く2部作の後編である。心底、ホッとした。
冒頭、池波正太郎生誕100年記念と出る。これだけで、ジーンとくる。もともと池波ファンであるが、この方の書いた小説の映画化作品が、この時代に登場したことへの感動の方が大きい。
豊川悦司の梅安と片岡愛之助の彦次郎(彦さん)は、京の都に赴く。話の筋は書かないが、あえて要約すれば、バディ映画(相棒映画)と呼んでいいのではないか。2人の生い立ちが、仕掛けを介した別様の話につながるから、2人はお互い、心の内をさらけ出したように緊密さを増す。
いきなり、ラストを書いてしまう。とても気に入ったからだ。理由があって離れている2人(声は届く)は、敵が現れる前に飯を食べる。梅安は温かい白飯に卵をかけ、その上から醤油を垂らす。彦さんは、醤油を混ぜた握り飯だ。
これがとてもおいしそうなのと2人の濃密な関係を象徴しているようで、ゾクゾクするのだ。直後の生と死の境目を行き交うかのような殺陣のシーンが、また見事であった。
豊川、片岡はむろんのこと、他の豪華俳優陣の演技にも惚れ惚れする。2役の椎名桔平は、狂的なほどの悪人と、善良そうだが腹の底がわからない人物を演じ分ける。彼のたもとの広い演技の幅を存分に堪能できる。
佐藤浩市は、恨みを抱えた別の仕掛人だ。豊川=梅安と2度、集中的に目を合わせるのだが、佐藤の場合は「目の表情」とでも言いたくなる独自の境地にたどりつく。彼にとって決定的な場面だ。「目の表情」に、仕掛人としての全人生が凝縮される。
つる(仕掛けの仲介人)役の石橋蓮司、梅安の若い頃の針治療の師匠役たる小林薫。己の役柄の重要性をとことん知り尽くした2人のベテラン俳優は、出しゃばるでもない。風格ある物腰、静かな面持ちで梅安に接する。そのほどよい距離感が、実に心地良い。
この作品を映画館で見逃したら、損をすると思う。なにも派手なアクション満載のエンタメ超大作ばかりが、スクリーン向きというわけではない。登場人物のアップ気味のショットが多い本作は、俳優たちの様々な表情を、大画面の中から感じ取ることができる。全て、愛おしくなる。
演出、脚本はもちろんのこと、撮影、美術、録音、編集、音楽などに携わる映画スタッフたちの総合力があるからこそ、スクリーンの俳優陣は光り輝く。だから、見る者の心にしみわたる。
(大高宏雄)
映画ジャーナリスト。キネマ旬報「大高宏雄のファイト・シネクラブ」、毎日新聞「チャートの裏側」などを連載。新著「アメリカ映画に明日はあるか」(ハモニカブックス)など著書多数。1992年から毎年、独立系作品を中心とした映画賞「日本映画プロフェッショナル大賞(略称=日プロ大賞)」を主宰。2023年には32回目を迎える。