今年上半期の邦画作品別興行収入の1位と2位はアニメーションであった。1位が「THE FIRST SLAM DUNK」(150億円、7月31日時点)で、2位が「名探偵コナン 黒色の魚影(サブマリン)」(134億9000万円、7月30日時点)。アニメの勢いは留まるところを知らない。
では、実写作品はどうだったのか。人気テレビドラマの映画化「劇場版 TOKYO MER 走る緊急救命室」(45億円)、人気ファンタジー小説の映画化「わたしの幸せな結婚」(28億円)、人気コミックの映画化「東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編-運命-」(27億円)が上位3本だ。
それぞれが健闘したが、そのようなエンタメ系の流れとは異なった作品が、上位に食い込んだ。二宮和也が主演した「ラーゲリより愛を込めて」だ。興収26億7000万円を記録して、先の3作品に次いで4位、全体でも8位となった。これは驚きの結果である。
邦画には社会派映画という伝統がある。長きにわたって、これは培われてきた。社会で何が起こっているのか。そこに焦点を絞る。戦争から政治、経済。差別、犯罪などまで、取り上げるべきテーマは、多岐にわたる。名作、問題作揃いである。「ラーゲリより愛を込めて」は、その系譜に連なる。
本作は、第二次世界大戦後の日本人のシベリア抑留を描いている。いかに過酷な労働を強いられ、悲惨な生活を余儀なくされてきたか。戦争そのものを描く戦争映画ではないが、ここにはまぎれもない戦争がある。
本作とは違って、戦闘シーンをスペクタクル風に描く娯楽作品としての、戦争映画の歴史がある。多くの観客を対象にして、興行的なインパクトを狙う。近年では、岡田准一主演の「永遠の0」(87億5000万円、2014年)が、最もヒットした作品である。
ところが娯楽作品としての戦争映画が、とんと減っている。当然、製作費がかかる。リスクも伴う。それ以前に、そもそも戦争映画にこだわりを持つ映画会社、プロデューサーが減ってきたようにも感じる。
非常に残念だが、「ラーゲリより愛を込めて」は、そこに風穴を開けたと思う。人間ドラマとしての、戦争映画の可能性である。かつても多く作られたが、今の時代にこそ、このような作品が求められるのではないか。
無尽蔵にある戦争のテーマを題材に、年配者はもとより、若い世代に届く戦争映画を製作するのである。その際に最も重要なのは、斬新な企画の吟味だ。監督、スタッフ、俳優起用の人選も大切になる。そしてなにより、作品の製作を押し進めるプロデューサーの気構えである。
ロシアのウクライナ侵攻以後、世界は変わった。戦争は至るところで露出している。映画にできることは限られているが、できることはある。「ラーゲリより愛を込めて」は、そのことを教えてくれた。
(大高宏雄)
映画ジャーナリスト。キネマ旬報「大高宏雄のファイト・シネクラブ」、毎日新聞「チャートの裏側」などを連載。新著「アメリカ映画に明日はあるか」(ハモニカブックス)など著書多数。1992年から毎年、独立系作品を中心とした映画賞「日本映画プロフェッショナル大賞(略称=日プロ大賞)」を主宰。2023年には32回目を迎えた。