2度の結婚と離婚を繰り返し、現在の結婚は3回目。かつて「魔性の女」と呼ばれ、芸能マスコミを賑わせたのが、葉月里緒奈だ。彼女の名を一躍、お茶の間に知らせたのが、1995年に発覚した真田広之との不倫騒動である。
当時、葉月は20歳。一方の真田は35歳、真田には妻・手塚理美との間に3歳になる長男がおり、しかも手塚は第2子妊娠中という中でのスキャンダルに、芸能マスコミは大いに沸くことになる。
出会いは共演映画「写楽」。2人の関係が女性誌に報じられたのが、4月下旬だ。葉月が映画の撮影でフィリピンに滞在する真田を訪ね、その密会現場がスクープされたのである。
「とはいえ、その後、夫婦の間では幾度となく話し合いがもたれ、一度は離婚を考えた手塚も、6月には次男が誕生。『今後、彼女(葉月)とは絶対に合わない』と真田に約束させ、元のサヤに収まるべく努力し始めた、と聞いています」(当時の映画関係者)
一方、真田から別れを告げられた葉月は心労のため、8キロも痩せ、体重が38キロまで落ちた、との報道もあったのだが…。なんとそんな矢先、葉月が「週刊朝日」の林真理子との対談に登場。こう発言したのである。
〈奥さんがいても、堂々としていますけどね。だって関係ないじゃないですか。じゃ、離婚して出会ったらよかったんですか? いま出会っちゃったらいけないんですか?〉
〈夫婦がうまくいっていたら、男でも女でも、ほかになんか気持ちが行きませんよ〉
実際、この時点で真田との関係がどうだったのかはわからない。だがこの発言が、煮え切らない真田と手塚に向けられたものであることは、誰の目にも明らかだった。
9月28日、第8回東京国際映画祭で報道陣の囲み取材に応じた真田は、苦渋に満ちた表情で、
「自分の意思に忠実に、責任を取れるように進んでいきたいと思っています」
ところが10月1日、今度は手塚が報道各社に自筆のFAXを送付したのである。そこにはこんな文章が綴られていた。
〈いろいろな状況の中において、お互いに言ってはいけないことが、たくさんあると思います。それによって誤解されることがこれからもあるかと思いますが、それぞれの立場を考えますと最低限守っていかなければならない約束。そして、それが思いやりではないでしょうか…。人の心、気持ちってなんでしょう…〉
すったもんだの末、結局、夫妻は騒動から3年後の1997年に離婚。一方、火種となった葉月は同年、交際していたイチローと破局する。そして翌98年にハワイ在住の寿司職人と電撃結婚し、わずか2カ月で離婚するという離れ業をやってのけ、改めて「魔性の女」ぶりを世間に知らしめたのであった。
(山川敦司)
1962年生まれ。テレビ制作会社を経て「女性自身」記者に。その後「週刊女性」「女性セブン」記者を経てフリーランスに。芸能、事件、皇室等、これまで8000以上の記者会見を取材した。「東方神起の涙」「ユノの流儀」(共にイースト・プレス)「幸せのきずな」(リーブル出版)ほか、著書多数。