テリー 木久蔵ラーメンのほうはどうですか。
木久扇 もう30年近くやってるんですよね。箱を横に並べると地球7回り半ぐらい売ったんです。儲かるというより、お弟子さんが街頭で声を出して「木久蔵ラーメンでーす。買ってくださーい。買ってくれないと、僕たちお給金もらえないんです」っていうのも、一つの稽古だと。そんな売り方をして、口コミだけで。
テリー でも「笑点」であれだけ宣伝してりゃあ。
木久扇 そう、あの「まずい、まずい」ってフレーズが‥‥。
テリー まずいんでしょう。
木久扇 いやいや(笑)、けっこういい味してるんですよ。お客さんもシャレがわかってきて「このまずいラーメン、2個くれ」とかね。でも売り上げが今、平行線なんですよね。だから病気中に、新しいアイデアをずっと考えてました。
テリー 療養中に考えなくていいですよ!
木久扇 パスタを考えましてね。「木久扇パスタ」っていうのを、12月から通信販売で売り出そうと思ってるんです。
テリー たくましいなあ(笑)。今、おいくつになったんでしたっけ。
木久扇 77歳になります。
テリー 77歳にもなって、病院で放射線照射を受けながらまだ商売しようって。
木久扇 あとはキャラクターも考えているんですよ。「ラーメンてんぐ」っていう絵本があるんですけど。
テリー 僕、持ってます!しばらく携帯に「ラーメンてんぐ」のストラップをつけてましたよ。
木久扇 「アンパンマン」みたいに、ラーメンの具材が敵味方に分かれて戦うっていうのを考えたんです。それで3分ぐらいのサンプルのアニメを作ろうと思っていて。
テリー すごいなあ。
木久扇 絵本のラーメンてんぐを、アニメにしてテレビで見てもらうのが夢なんです。
テリー やなせたかしさんみたいに、日本中に広がるといいですね。
木久扇 生きるためにいろんなおもしろいことをやって、自分で自分を楽しんでやろうと思って。
テリー 偉いなぁ。
木久扇 いや、おバカさんなんですよ。僕が何でこんなに生き急ぎみたいなことをするのかなと考えてみたら、小学校1年の時に東京大空襲がありましてね。おばあちゃんの手を引いて逃げ回ったんです。
テリー 戦争の原体験が。
木久扇 ヒュールルルル、ドカーンって、焼夷弾というのは横に火が行くんですね、油の塊なんで。火災がどんどん発生して、ものすごく明るい。その中に黒焦げの人たちが倒れていて。僕は本来であれば、あの時に死んじゃったんだなあと思って、それが虚無的に頭の中に残ってるんです。おばあちゃんはその後も長生きして、77歳で亡くなったんですけど。
テリー 大空襲の体験があるんで、生きていくことを大切にしようと。
木久扇 あれを思ったら、今の苦労とか何でもないんです。昭和の大きな変化も全部見てきたし、そういう意味では本当におもしろい僕の人生ですよ。
◆テリーからひと言
ビジネスについて生き生きと語ってくれた師匠。声を聞いた感じは、ご病気前と変わらない感覚でした。ラーメンてんぐで、ポスト「アンパンマン」を目指して、これからも頑張ってください!