だが、しかし、さりながら今季の岡田は「勝つ野球」を実践した。ようやく、やっと、とうとう「新しい伝統」が芽吹きそうだ。
さすがは岡田、えらい!
小林と岡田は4年、阪神で同じ釜の飯を喰っている。ひょっとして、岡田は小林から〝憎っくき巨人〟に息づいていた哲学を聞かされていたのだろうか。
そんな夢想はさておき、岡田が掲げたチームスローガンA・R・Eの真ん中にRespectを置いたのは「野球、先輩への敬意」のみならず、賢夫人の陽子さんのアドバイスもあり「技術だけでなく伝統を継承していく」という想いを込めているという。
岡田が紡いでいく「伝統」は過去の悪しき歴史の繰り返しであってはならない。
「普通にやる」
「当たり前のことを当たり前にやる」
岡田野球は堅実そのもの。だが、決して地味にあらず。攻守の密度が濃くてスリリング、試合終了まで飽きさせない。際立った存在なしに組織力で勝利に邁進、その一体感が心地よく心強い。このチームは阪神球団史において明らかに異色だ。
好例は18勝6敗1分だった巨人戦、冥土の小林だって刮目するはず。チーム一丸の岡田野球が、妙手に欠けた采配と杜ず 撰さんなプレー、弱体ブルペン陣の巨人を圧倒した。過去の両球団の試合ぶりが正反対になった。
さすがは名将岡田!
とはいえ、この智将が早晩、身を引くと報じた新聞記事は気にかかる。
江本孟紀なんぞは、73歳でワールドシリーズを制したダスティ・ベーカーの向こうを張れとゲキを飛ばしているけれど‥‥監督業はしんどい。試合中、岡田が頻繁に帽子をとったり首を左右にしているのをみるにつけ、過度なストレスによるチック症状ではないかと心配でならない。
あと数年、最悪なら来季限りという短い時間で阪神の黒い歴史を塗り替え、新たな伝統をつくりえることができようか‥‥私のモヤモヤは膨れあがる。
例えば次代のミスタータイガースを切望する声への懸念だ。阪神のスター主義は、いつもライバル対立構造を描き、フロントまで巻き込んでしまう。
杞憂のタネは佐藤輝明、アイブラック兄弟と命名され、森下翔太を子分に従え得々としてはいけない。大山や近本光司、木浪聖也らと敵対せぬよう、佐藤は岡田の激怒をかった性根を徹底的に叩き直すべし。彼が大砲の地位を確立した時、新しい阪神の伝統の体現者になっていてほしい。
野球も人生と同じく、いい時ばかりではない。負ければ賊軍、マスコミやネットは簡単に手の平を返す。岡田が石もて追われる姿を二度とみたくない。ビギナーGGE(爺)の雄・岡田彰布がモヤモヤを蹴散らしながら拓く道、私は陰ながら応援を惜しまない。
【参考資料】別冊宝島397「プロ野球名選手読本」、同437「プロ野球〈猛虎復活〉読本」(いずれも宝島社)。
増田晶文(ますだまさふみ・作家):昭和35(1960)年大阪生まれ。最新刊に時代小説「楠木正成 河内熱風録」。2025年のNHK大河ドラマの主人公を描く「稀代の本屋 蔦屋重三郎」(ともに草思社)も好評。