9月に入って負けなしの9連勝。2位・広島とのゲーム差を12に広げ、優勝マジックはいよいよ「3」となった。この号が発売される頃には、すでに岡田監督の胴上げが行われている可能性は高いが、阪神ファン歴50年以上の作家・増田晶文氏は、昔のモヤモヤの発端を思い返していた。
阪神タイガース、ここまできたらⅤ逸はあるまい。
MVP候補は近本光司、岩崎優、村上頌樹、大山悠輔などなど目白押しだ。私としては断然、岡田彰布を推したい。えっ、監督はダメ⁉ ううむ、残念。
虎戦士は総じてお行儀がいい。マジメだ。ガツガツしない。飲み屋から甲子園に直行、ゲーゲーやってたくせにホームランをかっ飛ばすなんて手合いは皆無。その分、粒が小さい。
でも、これは今時の若者、さとり&ゆとり世代に共通すること。そのうえ主力選手は私の息子と同世代、全員がなにげに可愛い。
岡田はこういう選手たちを手駒として見事に操っている。ヘンにべたべたしないけど、ちゃんと目配りはできている。前川右京が打撃不振で涙を流した時、
「あれは汗や、暑いから」
ジョークで処したのはアッパレだった。ベンチ裏で大山にさり気なくアドバイスしたり、マスコミ向けには辛口コメントが目立つ佐藤輝明に対しても、ちゃんとケアをしているらしい。
やるなあ岡田、いいぞ。
彼が就任した際、日刊紙の女の記者が「12球団最年長監督」「若いチームとうまくかみ合うのか」「約10年のブランク」と書いた。岡田では「清新さ」に欠けると露骨に滲ませたヒジョーに不快な記事、私は新聞紙を床に叩きつけた。
今季の岡田は「亀の甲より年の功」をみせつけてくれている。岡田こそ、われらビギナーじじいの鑑というべきであろう。
熱烈なる岡田ラブは置いといて‥‥現役選手だと大山に青柳晃洋、梅野隆太郎がいい。原口文仁も捨てがたい。
翻って歴代のツワモノはどうか。名探偵スペンサーが張り込み中にやる「オールタイムベストナイン」を真似ようにも、ファイルが50数年分もある。選手選びは愉しいけど難しい。
幸福なことに、私は江夏豊と田淵幸一の黄金バッテリーの最盛期を知っている。村山実の剛腕だって。爪楊枝をくわえたウィリー ・カークランド。掛布雅之にランディ・バース、岡田のクリーンアップ。その後を打つ佐野仙好、抑えの山本和行。ずっと時代が下がって新庄剛志。ランディ・メッセンジャーと金本知憲の雄姿も記憶に新しい。
累世の虎戦士の中で忘れられないのがマイケル・ラインバックだ。1976年来日、当初は〝山よりでっかい〟赤鬼ハル・ブリーデンの影に隠れていたが、徐々に頭角を現し3番を任される。この時は4番田淵で5番ブリーデン。若き掛布は6番だった。
ラインバックの勇猛果敢な一塁ヘッドスライディングは語り草。「あざとい」という輩はトーフの角に頭をぶつけるがいい。ラインバックは不器用だった。このハンディを埋めるのが高校球児なみのひたむきさ。私はそこに哀愁すら感じた。
彼が当時は珍しかったアイブラックの愛用者だったことも書いておこう。眼の下に墨が入ることで、風貌はどことなくチーターを思わせた。そう、ラインバックは猛虎より格段、獰猛さに欠けるチーター。
79年6月2日〝元阪神〟の江川卓が後楽園デビューした際、ラインバックは7回に逆転3ランを放ち粉砕してみせた。この年は打率309、27本塁打でベストナインに輝いている。
私のオールタイム選抜に彼は欠かせない。外野からの返球が、内野に届く前にワンバンしてしまうのには眼をつむっておこう。
だが、高校から大学時代にかけてラインバックを応援していた頃、球団に対するモヤモヤがゆっくりと芽生え始めていた。
増田晶文(ますだまさふみ・作家):昭和35(1960)年大阪生まれ。最新刊に時代小説「楠木正成 河内熱風録」。2025年のNHK大河ドラマの主人公を描く「稀代の本屋 蔦屋重三郎」(ともに草思社)も好評。