前回と前々回の記事では、直下型の大地震が発生した際、タワーマンションなどの高層建築物をなぎ倒す2つの恐怖、すなわち「長周期パルス」と「側方流動」をめぐる、知られざるシステムについて詳述した。
しかし、マンションを倒壊させるリスクは他にもある。中でも強く指摘しておかなければならないのが、今後30年以内に70%から80%の確率で発生するといわれる南海トラフ巨大地震(マグニチュード8~9)がもたらす「長周期地震動」だ。
長周期地震動は2~20秒という非常に長い周期(揺れが1往復する時間)で建物を揺らす地震動を指す。ただし、前々回で指摘した周期約3秒の長周期パルスとは全くの別物だ。
その違いを端的に表現すれば、長周期パルスが全ての建物を激しく揺らすのに対し、長周期地震動は高層建築物以外の建物をほとんど揺らさない、ということになる。要するに、高層建築物だけを激しく揺らす、特異な地震動といえる。
最近、国や自治体は、この長周期地震動が高層建築物に及ぼす影響を4階級に分類し、警鐘を鳴らしている。だが「極めて大きな揺れ」とされる階級4ですら、備考欄に「間仕切り壁などにひび割れや亀裂が多くなる」と書かれているだけで、長周期地震動が高層建築物を倒壊させるリスクについては、全くの考慮外に置かれているのだ。
これは由々しき大問題であり、タワマンなどの高層建築物にとって長周期地震動は、長周期パルスや側方流動と並ぶ、極めて深刻な脅威であることを認識していない。地震工学の専門家が明かす。
「ポイントとなるのは、地震波を伝える『付加体』、建物が建っている『地盤』、そして建物が持っている『固有周期』の3つ。この3条件が揃うと、タワマンをはじめとする高層建築物の揺れは、共振によって際限なく増幅し、数分程度で倒壊に至ります」
発生が差し迫っているとされる南海トラフ巨大地震で言えば、震源と首都圏の間には長周期地震動をよく伝える軟弱地層の付加体が存在し、かつ、首都圏にある高層建築物は、大規模沖積平野と呼ばれる軟弱地盤の上に建っている。さらに高層建築物はもともと、長周期地震動と共振する固有周期を持っているのだ。
建物直下で発生する大地震でも、震源が遠い巨大海溝型地震でも、タワマンには厳然たる倒壊のリスクが存在する。そのことを断じて忘れてはならない。(おわり)
(森省歩)
ジャーナリスト、ノンフィクション作家。1961年、北海道生まれ。慶應義塾大学文学部卒。出版社勤務後、1992年に独立。月刊誌や週刊誌を中心に政治、経済、社会など幅広いテーマで記事を発表しているが、2012年の大腸ガン手術後は、医療記事も精力的に手がけている。著書は「田中角栄に消えた闇ガネ」(講談社)、「鳩山由紀夫と鳩山家四代」(中公新書ラクレ)、「ドキュメント自殺」(KKベストセラーズ)など。