工場まで新設した「ぴよりん」以来のブームの予感――。
11月10日から北海道小樽市で行われた、将棋の竜王戦第4局を制した藤井聡太八冠。これで同タイトル3連覇と初の八冠防衛、さらにタイトル戦19連勝で大山康晴十五世名人の記録に並んだ。
その藤井八冠が2日目午前のおやつに選んだのは「あざとくて可愛い」お菓子のふじい(北海道倶知安町)の塩バター大福。藤井八冠本人が「店の名前を見て縁を感じたところはあった。見た目もかわいらしくて、おいしそうだと思ったので」と選んだ理由を明かした通り、藤井八冠と同じ店名。さらにポケモンのメタモンかハロウィンのお化けのような、つぶらな瞳とパックリ開いた口からたっぷりのあんことバターがのぞく「塩バタちゃん」の顔。これまで対局のおやつにヒヨコを模した「ぴよりん」やカップケーキ「コロコロくまさん」など可愛い系スイーツを選んできた藤井八冠に「刺さった」ようだ。
藤井八冠の経済効果は抜群で、週明けの11月13日には「塩バター大福」は通常の30倍を売り上げたという。冷凍塩バター大福のお取り寄せは、出荷まで2カ月待ちで、さらに翌14日には年明けまでの3カ月待ちに延びた。
抹茶や栗、あんこ好きで知られる藤井八冠は、竜王戦の防衛戦でも「河豚最中」「西陣風味」「十勝おはぎ」と、勝負おやつにご当地和菓子を選んでいる。
そんな藤井八冠が、和菓子業界の救世主になるかもしれない。和菓子業界は新型コロナ禍で入学式や卒業式、結婚式も開かれなかったことで、「紅白まんじゅう」や「葬式まんじゅう」の発注が激減。業界調査によると、2020年の和生菓子の小売金額は3960億円と、前年比85.2%に落ち込んでいた。この間、仙台市の「宝万頭本舗」や島根県の出雲大社前にある「高田屋」など、全国各地の老舗和菓子店が次々と廃業。とりわけ「宝万頭本舗」の猫の肉球を模した「ネコまんじゅう」は、藤井八冠フィーバーとタイミングが合えばバズったであろう、見た目も可愛い逸品だったのが悔やまれる。
もちろんバズるには「ただ藤井八冠が選んだ」だけではない、相応の理由がある。「塩バター大福」を製造販売するふじいは、地元北海道産の材料にこだわり、グルテンフリーのチョコレートケーキなど、食物アレルギーでお菓子が食べられない子供や女性にも配慮した商品を提供しているという。
同店の従業員は、パートを含めてたった6人。「ぴよりん」はJR東海関連企業が製造販売しているので、藤井人気にあやかり生産ラインを増やすことは容易だろうが、たった6人で丁寧に作ってきた「塩バター大福」は、急には量産できない。3カ月待ち、4カ月待ちになっても、藤井八冠が食べたのと同じ味が届くのを、気長に「長考」することにしよう。
(那須優子)