1970年代に起きた連続企業爆破事件に関与したとして指名手配されていた、桐島聡を名乗る人物が1月29日午前、入院先の病院で死亡した。末期の胃ガンを患い、重篤な状態だったという。全国紙社会部デスクによると
「歯切れの悪さが残りますが、警察にとっては身元確認をして取調べ中に亡くなると、人権上の大問題になる。本人は事情聴取に応じられるような体調ではなかったそうで、実家に残された遺品と遺体のDNA照合を慎重に進め、身元確認ができたら手配犯死亡の事務手続きをすることになるでしょう」
一方、入院していた本人と病院、勤務先にものっぴきならない事情がある。患者が偽名のままでは、死亡届と火葬許可申請書が出せないのだ。今回は保険証のない自費治療だったが、もし他人の健康保険証の使い回しや盗んだ身分証などで「別人になりすまされたまま亡くなってしまった」場合、身分証を悪用された本人が知らない間に死亡届が出され、戸籍から抹消されてしまう。
救急車で次々と急病人が搬送されてくる病院の霊安室に身元不明の遺体を置いておけないし、訳アリの従業員を雇っていた工務店に「遺体を引き取れ」と押し付けても、火葬するまでの遺体保管料は勤務先の持ち出しになる。指名手配犯の可能性があるなら、病院も勤務先も遺体を警察に直ちに引き取ってもらえる。「偽名のまま死にたくない」という本人の気持ちより、警察と病院、勤務先の三者が丸く収まるところに落ち着いた感がある。
事件から半世紀。桐島なる人物がどんな事件を起こして指名手配されているのか、知らない人の方が多いだろう。一部犯行に関わったとされるのは、現在の東京駅西側、丸の内から大手町まで、日本経済の中心地でサラリーマンや商社マンを無差別に狙ったテロだ。
標的にされたのは三菱重工業や三井物産、帝人、鹿島建設や大成建設、間組などの大企業だった。中でも最大の被害を出したのが、三菱重工業ビルに50キロ超の爆薬が仕掛けられた「三菱重工業爆破事件」だ。今ではApple丸の内店がランドマークとなり、ラグビーW杯で日本代表がパレードを行い、年末年始には華やかなイルミネーションで賑わうこの地。テレビCMでは高畑充希が「丸の内~」と踊る、日本を代表するオシャレな界隈は事件当時、あたり一帯が血の海となった。全身火傷を負った数百人の被害者が、焼けただれてめくれた皮膚やちぎれた腕を引きずりながら彷徨う、地獄絵図だったという。筆者が30年前、事件を知るベテラン刑事に聞いた話を記しておく。
「丸の内でテロに巻き込まれた被害者の中には、丸の内の若いOLさんもいてね。20代前半なのに顔に熱傷を負って、縁談も将来も失った。熱傷を負った腕がケロイドで思うように動かなくなり、技術者や商社マンの夢を断たれる人もいた。連続企業爆破事件だけじゃない。弟や妹の学費と、実家の生活を支えるために警察官になった若者が、親に私立大学の学費を出してもらえるようないい暮らしをしていた大学生に取り囲まれて火炎瓶を投げられ、生涯、車椅子生活になった。昭和がいい時代だった、なんて幻想だよ」
視聴者が抱くモヤモヤの正体はどこにあるのかといえば…指名手配犯と警察の攻防を鬼ごっこのように扱い、人生を踏みにじられた約400人の犠牲者、被害者の半世紀に及ぶ苦悩と怨嗟を全く報じない、テレビ報道の軽さにあった。
(那須優子)