「テントの中から女の子たちが『助けて~』と叫び声を上げながら出てきて…。前のめりになったひとりがものすごい勢いで転んだんですが、すぐに立ち上がって控室の方に走っていきました。見ると地面には血がポタポタ付いていて、本当に一瞬、何が起こったのか、全然わかりませんでしたね」
2014年5月25日午後5時過ぎ、岩手県産業文化センターで行われた、AKB48の握手会イベント会場でのことだ。のこぎりを持った男により、メンバーの川栄李奈と入山杏奈のほか、会場整理のスタッフ1人が切りつけられ、頭や手にケガを負う事件が起こった。
冒頭の証言は、たまたま会場でその瞬間を目撃した女性ファンによるものだ。殺人未遂の疑いで岩手県警に逮捕された、青森県十和田市に住む24歳の男は調べに対し、「人を殺そうと思った。誰でもよかった」と供述。川栄と入山の名前すら知らなかったとして、まさに通り魔的犯行であることがわかった。メンバーやファンだけでなく、アイドルを抱える関係者すべてに衝撃が走ったのである。
救急搬送された3人は、盛岡市にある岩手県高度救命救急センターで手当てを受けたが、川栄は右手親指を骨折し、頭部と右腕に切り傷を負った。入山も右手小指を骨折、頭部と右腕にも切り傷を負い、縫合手術のため入院した。
翌26日午後6時過ぎ、入山は詰めかけた報道陣を前に玄関先で「ご心配をおかけしました。もう東京に帰ります。もう大丈夫です」と頭を下げ、川栄も「ありがとうございました。ご心配をおかけしました。もう大丈夫です」と、気丈に微笑んだ。ギプスをしている手を大きなタオルで隠すその姿が、あまりにも痛々しかった。
事件を受けて、運営側が現地で募集した未経験アルバイトで警備体制を敷いていたこと、金属探知機を導入していなかったことなど、セキュリティーの問題点が浮き彫りになったが、ある地下アイドルのマネージャーは、平然とこう言ってのけたものだ。
「握手会などのイベントは基本、ファンとの信頼ありきなので、そもそも警備はガチガチにできないんです。やはり、ファンが違和感を持ちますからね。しかも握手会は、物販における生命線。なので、うちでも『はがし』(メンバーと長く手を握り合わないよう警備する)は配置していますが、あとはできるだけメンバーをひとりにしない、怪しい人物がいたらチェックすることくらいしかできない。特にご当地アイドルや地下アイドルなどは敷居が低いぶん、危険に晒される確率がどうしても高くなります。とはいえ、手っ取り早く稼げるイベントなので、やめるわけにもいかない。明日は我が身にならないことを願うばかりです」
この他人事のような無責任思考には驚いたが、そうした甘い考えが、彼女たちを危険と隣合わせにしている一因であると、痛感するばかりだった。
(山川敦司)
1962年生まれ。テレビ制作会社を経て「女性自身」記者に。その後「週刊女性」「女性セブン」記者を経てフリーランスに。芸能、事件、皇室等、これまで8000以上の記者会見を取材した。「東方神起の涙」「ユノの流儀」(共にイースト・プレス)「幸せのきずな」(リーブル出版)ほか、著書多数。