続いては、西日本のさる組織の幹部・B氏に登場いただこう。
高倉健と菅原文太どちらの器量が上か、ストレートに聞いてみると、
「当然、健さんや。ランクが違うで」
とB氏も「健さん派」。
「宮沢賢治の言葉に『自分のことを勘定に入れない』というのがある。健さんは自分のことを勘定に入れないで、限界まで耐え、命と引き換えに落とし前をつけるんや。しかも、拳銃やダイナマイトではない。日本刀でカタをつける。抑圧された人の悲しみを背負って長い懲役に行く。これぞ、侠客のかがみやで」
ちなみに、山口組の暴対法訴訟で代理人を務めた人権派の遠藤誠弁護士(故人)も、
「自分のことを勘定に入れない」
が口癖だった。遠藤弁護士はリベラルだが、その生き様は思想に関係なく、
「高倉健の生き方と通底していた」(遠藤弁護士と親しい極道)という。
一方、文太には代表作「仁義なき戦い」の前に主演した「現代や○ざ 人斬り与太」という作品があるが、そこでは暴力団組織に挑戦する愚連隊のチンピラを演じている。
関東のさる組織の幹部・C氏は、自身の生き様に文太をダブらせている。
「アウトローの世界も長いモノには巻かれろ。ムダな抵抗はしない傾向が強くなってきている。しかし耐えるのも大事だけど、たとえ蟷螂〈とうろう〉の斧と言われようとも、ここぞというところでは、強敵に盾つくべき。菅原文太の『仁義なき戦い』の演技には、すさまじい執念みたいなものを感じた。一寸の虫にも五分の魂というが、アウトローが忘れたらダメな部分じゃないか」
「仁義なき戦い」は謀略あり、裏切りありの暴力団の実態を余すことなく描いている。
作品の中で主人公の広能昌三は親分に裏切られ、正義を貫く役どころだが、「健さんファン」のA氏はこうも言う。
「広能という役どころもバックに巨大な暴力団組織がいる。言うてみれば、巨大企業内の熾烈な出世争いの中で正義を守り通すというイメージも強い。そういう見方をすると、器量という点では、実は文太のほうが上ということになるな」
C氏は、こんな見方も披露した。
「ただ、文太はストレートに自分の考えをぶつけるでしょう。場合によっては組織と喧嘩し、玉砕するっていうタイプだから、単なるチンピラに見られやすいかも‥‥」
かつて有力組織で幹部を務めた年配の元極道が言う。
「暴力団は、しょせん国家権力には勝てないというのが我々の常識。高倉健はその常識の範疇に入っていたが、菅原文太は原発に反対し、公然と国家に反旗を翻していた。その意味で、個人的な好き嫌いは別にして、高倉健よりもしかしたら『器量は上』かもしれんな」
極道たちが2人を秤に掛けたこの勝負、簡単には、「白黒」つけがたいもののようである。