昨年11月、エッセー「大人の流儀」シリーズなどで知られる、作家の伊集院静氏が亡くなった。享年73。肝内胆管ガンと診断され、治療していた中での訃報だった。
筆者も1990年代初頭、同氏とは何度か酒席でご一緒させていただいたことがある。場所は六本木にあるスナック「インゴ」。同行した編集者が伊集院氏の立教大学の後輩で顔見知りとあり「こっちに来て一緒にやらないか」と声をかけられたのがきっかけだった。
昔のことなので、何を話したか憶えていない。ただ、忘れられないのが「とにかく頭で考えたらダメ。頭で考えるものは、タカが知れているから」という言葉。要は発想や思考というものは、経験と知識から生まれるもの。だから20代の君が考えていることなんて所詮、知れている。ならば他の人が及ばない発想や思考を得るためには現場に行き、見て、聞いて、感じること。それしか方法はないんだよ、と。
むろん若造だった筆者が1を聞いて10を知ることはできなかったが、あとになってその言葉の本当の意味を知ることになった。ものの数十分で人を魅了する天性の「人たらし」である伊集院氏が女性にモテないはずはなく、当時も女性の噂が絶えなかった。のちに妻となる篠ひろ子と知り合い、結婚を決意した舞台が、実はこの店「インゴ」だったと聞き、驚いた。
伊集院氏は前妻と離婚後、1984年に夏目雅子さんと再婚。ところが翌年9月、夏目さんが結婚1年目にして他界する。
1988年からは、京都の芸者・Kさんと半同棲生活を続けてきた。篠とはもともとゴルフ仲間で、同時に飲み仲間のひとりだったそうだが、夏目さんの7回忌が終わった1991年の暮れ、偶然にもこの店で対面。朝まで飲み明かしたことで、友人から「男と女」を意識する関係になったという。
1992年8月7日、1時間半の時間差をつけ、2人は別々に記者会見に臨んだ2人。
「40過ぎても、2人とも籍が空いていた。抱えている過去を、大人は口にするもんじゃない。彼女は切ないことのわかる女性。これだけ問題を抱えた男だからね。つくづく俺も悪い男だなと思いますよ」
伊集院氏がそういえば、篠も、
「雅子さんには墓前に『明日、入籍します。私でいいでしょうか』と報告しました。44年間生きてきて本当によかったなぁ、と思いました」
結婚した2人は1996年に、仙台市に移住。以降、篠が表舞台に出てくることはほとんどなくなっていた。久々に彼女が発表したコメントが、夫の早すぎる死を伝えるものになってしまうとは…。篠は所属事務所を通じて、こんな心情を綴っている。
「自由気ままに生きた人生でした。人が好きで、きっと皆様に会いたかったはずですが、強がりを言って誰にも会わずに逝ってしまった主人のわがままをどうかお許しください」
弱みを見せるのは愛する女房だけでいいんだよ。それが伊集院氏の「大人の流儀」だったのかもしれない。
(山川敦司)
1962年生まれ。テレビ制作会社を経て「女性自身」記者に。その後「週刊女性」「女性セブン」記者を経てフリーランスに。芸能、事件、皇室等、これまで8000以上の記者会見を取材した。「東方神起の涙」「ユノの流儀」(共にイースト・プレス)「幸せのきずな」(リーブル出版)ほか、著書多数。