乗客がその存在を発見するや、JR東日本は当該車両を燻煙し殺虫処理せざるをえなかった。トコジラミのことだ。
昨秋、フランスや韓国でトコジラミ大量発生とのニュースがいよいよ日本にも押し寄せている。3月10日、JR東日本の宇都宮線のシートにいたところを乗客が発見。駅員に報告してSNSにもアップすると、「ついに日本でも」といった不安の声が拡散した。
昨年11月には大阪メトロでも発見報告がSNSに上がるや、同社では全1380車両の清掃を余儀なくされたが、先のJR東日本は「清掃に関して特に注意をするよう、関係各所に伝えました」としており、1度発見されると客商売は上がったりの事態となっているのだ。
トコジラミはかつて南京虫や床虫と呼ばれていた害虫で、名前にシラミとあるが、実際はカメムシの仲間。成虫は5ミリほど。吸血性があって、かまれると猛烈なかゆみを覚える、小さいが厄介な寄生虫だ。
「戦後にはたくさんいましたが、駆除が進んで日本ではほぼいない状態にありました。ところが20年ほど前からまた目撃されるようになりました。ほとんどが海外からの渡航者が持ち込んだものと思われます」
と説明するのは、害虫駆除団体の日本ペストコントロール協会の谷川力技術委員長。
東京都の保健所に寄せられた相談件数も、05年度の26件に対し、22年度は405件と、急拡大中だ。
しかも、これからがシーズン本番を迎えるという。
「トコジラミは真冬でも人に寄生したり、部屋の中に潜んだり、いなくなることはありません。暖かくなると活発に活動して拡散しやすい」(谷川氏)
事実、同協会に寄せられた相談件数によると、令和4年度で683件あるうち、7~8月が突出して多い。
害虫防除技術研究所の白井良和所長が説明する。
「1度かまれてもかゆみを覚えませんが、2度目からアレルギー反応で強いかゆみを覚えるようになります。人によっては眠れなくなったり、神経障害、発熱といった症状が出ることも。夜寝ている間に吸血するので、やはり薄着で寝がちな夏に被害が多発しやすい」
病気を媒介しないのがせめてもの幸運だという。白井氏が続ける。
「トコジラミは狭い場所に潜みます。部屋の中に血糞という黒い汚れのようなものを見つけたら潜んでいる証拠なので、駆除をする必要があります」
だがかまれると厄介ながらも、とりたてて大きな健康被害につながらないのがまた問題を複雑にしているようだ。
「病気を媒介しないことが救いですが、逆にそれゆえに本気で駆除しようという動きにつながらないという無理解があります」(前出・谷川氏)
しかし、昨秋、トコジラミの襲撃を受けた30代の会社員が被害を訴える。
「帰宅してみると腕が激かゆい。腕をまくってみると膿状の真っ赤な斑点がびっしり。おそらく会社のソファで刺されたと思うのですが、あまりのかゆみで一晩眠れませんでした。しかも、妻からは『どうせ汚らわしいとこでも行ったんでしょ』と嫌疑をかけられ、踏んだり蹴ったりでした」
家庭不和まで招いたというのだから笑うに笑えない。
また悪いことに今流行っているのは、一般の殺虫剤が効かないスーパートコジラミ(薬剤耐性)なので、専用の殺虫剤を買う必要がある。さらに繁殖がヒドい場合は、業者に駆除を頼まねばならず、その費用は10万~12万円也。
この夏、日本で大流行となれば、インバウンドの逆効果! なんて事態にならなけれよいのだが。