板子(いたご)一枚下は地獄――。これは海で働く漁師という職業が、いかに過酷で危険であるかを示したことわざだ。
同じことは競馬のジョッキーにもあてはまる。かつて一世を風靡したあるベテランジョッキーは引退後、周囲に次のようなホンネを漏らしたことがある。
「救急車(救護車)を常にスタンバイさせておく職業など、われわれジョッキー以外では聞いたことがない。競馬の騎手は『命がけの仕事』なんだよ」
4月6日に行われた阪神競馬第7レースで落馬負傷し、意識不明のまま4月10日にこの世を去った藤岡康太(栗東・フリー、享年35)のケースもまた、しかり。
JRA(日本中央競馬会)が公表しているパトロールビデオを確認すると、康太の騎乗馬は3コーナーで前を走る馬に接触してつまずき、康太はほぼ瞬間的に馬場に放り出されたことがわかる。さらには、落馬した康太を避け切れなかった後続馬に、頭部や胸部を激しく踏み蹴られたようにも見えるのだ。
実はこの日、JRAは今回の悲劇的な落馬事故に関連する「裁決レポート」を公にしている。そこには次のように書かれていた。
〈10番スウィートスカーは、3コーナーで前の馬に触れてつまずき、騎手が落馬したため競走を中止しました。(その後方を走行していた5番、11番および2番の進路に影響あり)この件について、10番スウィートスカーの騎手藤岡康太に対し、過怠金100,000円を課しました〉
落馬負傷で意識不明の危篤状態に陥っていた康太になぜ、JRAは「過怠金10万円」を課すことを決めたのか。古参の競馬記者が明かす。
「JRAは主催者として公正な競馬を実施する義務を負っており、落馬事故によって後続馬の進路が妨害された以上、進路妨害に対する裁決は公正になされる必要がありました。JRAはその義務を粛々と果たしたということです。ちなみに康太騎手の葬儀は4月15日に栗東トレセン内で執り行われましたが、これはJRAが日本騎手クラブとの合同葬として実施したもので、多くの関係者が康太騎手の旅立ちを見送っています」
命がけの騎乗と公正なレース。この揺るぎない二本柱によって、競馬史を彩る数々の名勝負が繰り広げられているのだ。
(石森巌)