日本語では、敬意を表すため訪問することを「表敬訪問」と呼ぶ。だが、オリンピックのメダリストたちが地元を訪れ、お偉いさんに挨拶する際、これを「表敬訪問」と呼ぶか否かには賛否の声がある。なぜならこの場合、あくまでも主役は選手だからである。
さて、タチが悪い冗談だったのか、はたまた自己顕示欲が剥き出しになってしまったのか、選手が訪問した際に、金メダルにガブッと噛みつき、大ひんしゅくを買ってしまったのが、言わずと知れた河村たかし名古屋市長である。
時は2021年8月4日。場所は名古屋市役所。この日、ソフトボール日本代表として金メダルを獲得した、「レジェンド・上野由岐子の後継者」と呼ばれる後藤希友投手が地元の名古屋に凱旋。そこで前代未聞の事件が勃発した。
河村市長が「おめでとうございます」と微笑んで感謝状を渡したところまではよかったが、後藤選手から金メダルを首にかけてもらうと、何を思ったか、おもむろにマスクを外し、ガブリと噛んだのである。コロナ禍でみんなが細心の注意を払っている最中の出来事。しかも河村氏はメダルを拭くこともなく彼女に返すと、「恋愛禁止かね」「ええ旦那もらって」と、セクハラを疑われる発言まで飛び出したのである。当然のことながら、市民から非難が殺到したことは言うまでもない。
名古屋市役所には1万6000件を超える苦情が寄せられ、事態を重く見たIOCがメダルを交換するという、異例の対応をとる大騒ぎに発展したのである。
河村氏は2009年に市長に就任し、4期目。一貫して庶民派をアピールし、人気を集めてきた。ところが時代が変化していく中、その「気さくさ」が「非礼」に変わってきたことになかなか気付けないことで、名古屋市民からは「もうあの時代遅れのオヤジギャグにはうんざり」との声が噴出していた、そんな矢先の事件だったのである。
この大騒動を受けて、市職員宛てに「詫び状」をしたためた河村氏は、自身も9月になって新型コロナウィルスに感染したこともあり、囁かれていた10月の衆院選出馬はなくなった。自身が率いる「減税日本」からは、候補者も出せずじまい。年末の会見では「今年の漢字は?」と聞かれ、やはり騒動があとを引いているのか、「アポロジャイズ(謝罪する)は英語かね。英語は漢字にならんか」とポツリ。
今時、他人のものをその人の同意なく勝手に噛むなどという行為は、子供でもしないもの。これをパフォーマンスと捉える「時代とズレた」感覚が問題視される出来事なのであった。
(山川敦司)