歴史的な投球を記者席で見ることができた。巨人の戸郷が5月24日の阪神戦でノーヒットノーランを達成した。甲子園の伝統の一戦では、あの沢村栄治さん以来、88年ぶりだという。ほとんどがタイガースファンのスタンドは、異様な雰囲気が漂っていた。援護は1点だけで最後も1死二塁のピンチを乗り越えてのもの。見ている側も手に汗を握る展開やった。
立ち上がりから快投の予感はあった。力みがまったくなく、キャッチボールの延長みたいな感じで、軽く投げているような感じやった。力感がないのに、ストレートがピュッと走る。打者にとってはこれが一番、タイミングを取りづらい。歴代3位の320勝を挙げた小山正明さんがまさにそんな感じやった。精密機械と称えられる制球力だけでなく、手元で伸びるストレートも一級品やった。阪神時代の若い頃はもっと速かったのかもしれないが、ロッテ時代に対戦した時にストレートに差し込まれた記憶が残っている。
昨年までの戸郷は、阪神戦で終盤につかまることが多かった。初回から必死に投げて、7、8回にスタミナが尽きるというのがパターンやった。この試合では無駄な力が入っていないからか、9回のマウンドもキレ、制球力が落ちなかった。これまでは、菅野に代わる若きエースという立ち位置やったけど、これで押しも押されもせぬ巨人のエースになったんと違うかな。
ただ、確かに素晴らしい投球やったけど、手も足も出ない阪神打線も情けなかった。この試合に限らず、今季は各打者がストレートに力負けする打撃が目立つ。岡田監督が「前で打てと言うてるのに‥‥」と、ぼやくことが多いのもわかる。みんな、ポイントが近すぎて、力強く打ち返せてない。変化球に対応するために、ボールを手元に呼び込みすぎてる気がする。僕の現役時代は「ヘソの前で打て」と指導されたけど、ヘソより後ろでバットに当てても力が伝わらない。
ドジャースの大谷翔平のホームランを見ても、やっぱりポイントはヘソの前で捉えている。時代が変わっても、基本は変わらないはず。まずは速いストレートを打ち返すためのポイントを体で覚えること。変化球でタイミングを外されても、緩い球ならバットに当てることはできる。だけど、振り遅れだけはどうしようもない。
阪神は昨年と同じくセ・リーグの首位で交流戦に突入したが、打線の状態を見ていると、連覇の道のりは厳しいように感じる。これはまた今度、しっかり書きたいが、佐藤輝が2軍落ち。頼りになるはずの4番の大山が打率2割をわずかに上回るだけでは、得点は入らない。近本、中野の1、2番も昨年ほどの粘り強さを感じないし、8番で渋い働きをしていた木浪も精彩を欠いている。昨年は各打者が打てなくても、しぶとく見極めて四球でつないでいくことができていたが、今年は淡泊な攻撃が多い。他のチームも昨年の反省を踏まえて、阪神打線に対して、ストライクゾーンで勝負する傾向が強くなっている。
一般的に開幕して2カ月もすれば、チームの基本的な形が見えてくるもの。オリックス・中嶋監督みたいに猫の目オーダーで戦うチームもあるが、岡田監督はもともと打線を固定したいタイプ。交流戦を終えて、少なくとも球宴前には打線を固めないと、球団初の連覇に黄色信号がともる。
福本豊(ふくもと・ゆたか):1968年に阪急に入団し、通算2543安打、1065盗塁。引退後はオリックスと阪神で打撃コチ、2軍監督などを歴任。2002年、野球殿堂入り。現在はサンテレビ、ABCラジオ、スポーツ報知で解説。