正月早々、プロレス界を揺るがす前代未聞の事件が勃発したのは、1999年1月4日の新日本プロレス東京ドーム大会だった。詰めかけた6万人の大観衆が見つめる中、新日のエースで「破壊王」として知られる橋本信也に挑戦状を叩きつけたのが、アントニオ猪木率いる新団体UFOのエース、小川直也である。
元柔道選手権王者の小川はこの2年前、プロ格闘家に転身。両者の対決は2回あり、戦績は1勝1敗だった。とはいえ、
「プロレス入りした当初の小川は正直言って今ひとつパッとせず、専門誌の記者の間では、このままいけば大相撲から転身した元横綱・北尾光司の二の舞になる、と囁かれていたものです」
とプロレス担当記者が振り返る。しかもそれまでの試合は、予定調和のニオイが強い「一話完結の面白みに欠けるドラマ」を思わせる内容だった。
ところが、そんな流れを根底からブチ壊す、文字通り「掟破り」な展開に終始したのが、この試合だった。
橋本の技を一切「受けようとしない」小川は、とにかく殴る蹴るのやりたい放題。小川が繰り出すパンチにより、みるみる橋本の顔面が真っ赤に染まるも、お構いなしの小川は馬乗りになって、なおも殴打。最後は橋本の顔面を踏みつけるという暴挙に出たことで、大観衆はア然ボー然。試合はノーコンテスト(無効試合)に終わったものの、誰が見ても小川の圧勝だった。柔道から転向後、低迷していた小川が皮肉にも、ガチンコでその強さを見せつけることになったのである。
とはいえ、なぜ小川はあえてガチンコで橋本を潰しにかかったのか。当時、メディアでは、こんな見方があった。小川暴走の裏には、自らが創設した親日プロを追われて興したUFOへの資金援助が打ち切られつつある中で、ボスであるアントニオ猪木による意趣返しではないか、と。
だが、当事者の口から事実が語られることはなく、「1.4事変」の真相は闇の中へ。
そしてガチンコ喧嘩マッチから22年が経った2021年8月23日。当事者である小川が「こやぶるSPORTS超」(カンテレ)に出演すると突如、この事件に関して重い口を開き、プロレス界に激震が走ったのだ。小川はこう述懐した。
「これはまだ、みんなに話したことはないんですけど、猪木さんに『ちょっと来い』って言われて。『これはもう世紀を懸けた一戦にするから、ちょっとお前、やって来い。一方的に蹴りまくって、最後は蹴ってリングから出すまでやれ』って言われたんですよ。猪木さんからやれって言われたら、ノーとは言えませんから、やって来なきゃいけないわけです、こっちは」
この二十数年間で、事件に関する多数の真相究明本が出版されたが、まさかアッサリと明かされるとは…。
とはいえ、当時の猪木は病床におり、橋本もすでに鬼籍に入った。なぜ小川がこのタイミングで告白したのかは、今もって謎のままだ。
(山川敦司)