だが、2010年のバンクーバー五輪が近づくにつれ、一般人だった匡子さんのストレスは増していったように感じた。組織内の権力抗争や、メディアの偏向報道など、耳をふさぎたくなるような話も聞こえてくる。そうした周囲の雑音に対しては、珍しく怒りをあらわにすることもあった。
09年10月には、電話口で激しく憤っていた。
「同じ日本という国の代表として挑んでいるのに‥‥。もし嫌なら、応援してくれなくてもいい。でも、邪魔だけはしないでほしい! 一人の娘が、一生懸命に立ち向かおうとする時に。みずからの保身や、お金稼ぎといった大人の都合を持ち込まないで!」
こうした発言も全ては娘のためだった。まさに、我が身を挺して、娘の防波堤になっていた。
そして、フィギュアスケートという競技そのものについても、今となっては「娘への遺言」とも取れるような言葉を残していた。
「孤独だよね、フィギュアって。365日の結果が4分で出てしまう。100%金メダルを獲れる保証なんてどこにもない。でもね、一日一日積み重ねてやってきたものは、結果すら超えて、真央をもっともっと魅力的なスケーターに成長させてくれると思う。10代で右も左もわからないまま金メダルを獲るよりも、苦労して苦労して、20代で獲った金メダルのほうが、何倍も価値があると思う。そして、舞も真央も、一人の女性として、いい恋をして、いい相手と結ばれて、幸せに生きてくれると、私は確信しているの」
バンクーバー五輪では、惜しくも銀メダル。それでも匡子さんは、すっきりとした様子で演技終了直後の国際電話でこう語っていた。
「五輪は、国と国の戦いということを実感した。でも、真央は自分を貫いて立ち向かって、銀メダルを獲った。本当に誇りに思っているの。リスクを背負って技術を高めていくのがスポーツの神髄。今回は、大人のスケーターになる過程。ソチ五輪で金メダルを獲って、選手として完成すると思う!」
そんな真央は母親の死を受け止めながらも、12月23日からの全日本フィギュア選手権に出場する。匡子さんの「遺言」を胸に真央は、天国の母親と“二人三脚”で舞台に大輪を咲かせるに違いない。合掌。
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