時折、殿はまるで甘えん坊のような物言いをされることがあります。その昔、殿の運転手を務めていた、ある夏の日のこと──。
殿の車のエアコンは、設定温度が常に24度をキープするようセットしてあるのですが、乗降の際にドアを開けると、当然ですが車内の設定温度は一瞬、上がったり下がったりと変化します。そんな車内の温度変化に、殿は大変敏感だったりします。
その日、殿が車にお乗りになる際、熱い外気が車内になだれ込み、一瞬、車内の温度が上昇したため、エアコンのセンサーが作動して24度に戻そうと冷却作業を強く開始すると、殿は猛烈に吹き出すエアコンの冷風を嫌って、
「おい、エアコン強えーよ。さみーだろ。俺を殺す気か!」
と、ダチョウ倶楽部さんもびっくりなセリフを大マジで吐かれたのです。
この時、殿のセリフに吹き出しそうになるのをこらえながら、とりあえずエアコンのボタンを適当にいじり、“今、調整しております”とアピールをしていると、殿は続けて、
「風邪ひいたらどうすんだよ。お前ちょっと気をつけてくれよ‥‥」
と、まるで子供がいじけたような口調で苦言を呈してきました。殿は最初にきつめに怒った後、なぜか甘えた口調で“そこんとこ頼むよ~”的な物言いをされることがよくあるのです。
去年にも、こんなことがありました。
翌日、仕事で沖縄へ向かうため、飛行機に乗ることになっていた殿と、楽屋にて、“今、旅客機のジャンボジェット機が、新型に変わる過渡期にきている”といった話をしていると、殿はおもむろに、
「もしかしたら明日俺の乗るジャンボ(ボーイング777)が最後のフライトだったりしてよ。『さよならボーイング』なんて垂れ幕かなんかが掛かってて、記者とか飛行機オタクが集まっててよ、『ありがとうジャンボ』なんてかけ声出してみんなで泣いたりする日なんじゃねーか」
と、まったくもって勝手な妄想を語りだしたのです。
で、いったんこうなると、殿の妄想は止まらず、決まって行くとこまで行きます。
「それで俺が搭乗する時、『あなたがジャンボ最後の搭乗者です。おめでとうございます』なんつって、スチュワーデスのねーちゃんに花束なんか貰ったりして、それで俺も愛想ふりまいてお辞儀なんかしたりしてよ。そんなの嫌だな~」
と、勝手な被害妄想を増長されたのです。で、たぶんここまでは“ちょっとした冗談”で話されていたと思うのですが、ここからが殿の面白いところで、話しているうちに興奮して気持ちが入り、大真面目に心配しだすことがたまにあるのです。この時も、最後は甘えた口調でマネージャーに、
「おい、明日の飛行機大丈夫か? 本当にジャンボ最後のフライトじゃねーだろうな。そんなの俺、嫌だよ」
と、自分の妄想に、ひとりで勝手に盛り上がっては、振り回されていました。
◆プロフィール アル北郷(ある・きたごう) 95年、ビートたけしに弟子入り。08年、「アキレスと亀」にて「東スポ映画大賞新人賞」受賞。現在、TBS系「新・情報7daysニュースキャスター」ブレーンなど多方面で活躍中。本連載の単行本「たけし金言集~あるいは資料として現代北野武秘語録」も絶賛発売中!