「俺たち、もう終わっちまったのかな」
「バカヤロー、まだ始まっちゃいねぇよ」
北野映画6作目にあたる「キッズ・リターン」のラストを飾る、このセリフにしびれた男の子は多いはずです。かく言うわたくしも、たけし軍団に入門して1年目であった当時に大変しびれ、自分の境遇と照らし合わせては勝手に興奮すると〈そうだよ、まだ始まってねーよ!〉と、心の中で何度も叫んでいました。
まー当時のわたくしは、文字どおりの“ただただ何も始めてない奴”だったため、実のところ、映画の中のセリフの意味とは、かなり違っていたのですが‥‥。
わたくしの勘違いはさておき、「キッズ・リターン」のあのセリフは、世界王者復帰を目指していたボクサー・辰吉丈一郎さんに殿が贈った言葉が元になっています。王座から陥落し、再度王座返り咲きを目指すもスランプに陥っていた辰吉さんに、ボクシングが何よりも大好物な殿は、激励の意味を込めて絵を贈りました。その絵の中に書かれていた言葉が、あのラストのセリフだったそうです。
わたくしが以前、殿にこのセリフの意味を尋ねると、こんな言葉が返ってきました。
「昔、辰吉がチャンピオンだった時、『負けたらすぐ辞めます』みたいなこと言ってたから、それは違うって言ったんだよ。向かってくる相手だって、家族とかいろんなものを背負って死に物狂いで来てるんだから、そんな映画みたいに毎回かっこよく勝てるわけないし、ボクシングはそんな甘いもんじゃないよ」
常日頃、「ボクシングほど残酷なスポーツはない」と、おっしゃっている、殿のボクシング観がよく出ている言葉だと思います。そんな「残酷なもの」で頂点に立った人に対する敬意は深く、このように熱く語ることもあります。
「具志堅さんがテレビで笑いを取ってるけど、世界チャンピオンまで行った人だよ。バカなわけないんだから」
そんな殿が以前、自宅の地下室に本格的なサンドバッグを吊るし、グローブを付けてかなり本格的に叩いていたことがありました。最初はただ黙って見ていたわたくしでしたが、“何か殿の力にならなければ”と、とっさに「シュッ、シュッ」と、口で殿のパンチに合わせて効果音を出したのです。すると殿は、“北郷、その音いいな!”といった感じで、効果音をいたく気に入り、殿の方から効果音に合わせる形で、さらにスピードをあげてパンチを打ち続け出したのです。
その日を境に、殿がサンドバッグを叩く時は、わたくしが「シュッ、シュッ」と効果音を入れる、よくわからない儀式が暗黙の了解となり、半年ほど、わたくしは殿の横でひたすら「シュッ、シュッ」とやり続けたのでした。
弟子が繰り出すバカみたいな効果音に、殿ほどの方が夢中になってパンチを合わせていた、あのコミカルな光景はいったい何だったのか? 今でも大いに謎です。
◆プロフィール アル北郷(ある・きたごう) 95年、ビートたけしに弟子入り。08年、「アキレスと亀」にて「東スポ映画大賞新人賞」受賞。現在、TBS系「新・情報7daysニュースキャスター」ブレーンなど多方面で活躍中。本連載の単行本「たけし金言集~あるいは資料として現代北野武秘語録」も絶賛発売中!