つい先頃、検察庁の元高官が逮捕、起訴されるという異例の事件が発生し、法曹界に激震が走った。しかも、捜査を指揮した責任者が、起訴後の8月中旬に急逝するという続編までついて─。
元高官とは、大阪地検のトップである検事正を務めた北川健太郎(64)。準強制性交の容疑で6月25日、大阪高検に逮捕されたが、高検は記者会見に応じず、当初は事件発生の時期、犯行の内容などについても「プライバシー」を理由に明らかにしなかった。
だが、検察関係者への取材から、おおよその中身が判明した。事件が発生したのは2018年9月。北川は、当時、在住していた大阪市内の検事正の官舎で一緒に酒を飲んで酔った部下の女性検事と性交に及んだというものだ。高検(実務は地検が担当)は、北川を起訴した7月上旬になって、やっとこれを追認したのだった。
こうしたことがマスコミ各社で報じられると、今度は数々の疑問の声が上がってきた。
「身内のことだから特別待遇で、詳しいことを発表しないのか?」
「なんで高検が?」
「どうして、今になって?」
とりわけ、事件発生から6年近くも経っていることには、大きな疑問符が付き、尾を引いた。検察関係者によれば、この問題は当時から検察内で知れ渡っていたことだからという説明だった。だが、前代未聞の逮捕劇は、なかなか容易に終息はしなかった。
そんな中、驚くべき証言が飛び出した。
「これは、奥の深い厄介な事件だ」
検察内部の情報に通じる政府関係者は、嘆息し、こう続けた。
「かつての検事総長介入人事への遺恨だ。政治介入があだになった」
遺恨を生んだ政治介入がなされたのは、安倍政権下の19年から20年にかけてのこと。その頃、安倍晋三首相は、国有地が安く払い下げられた森友学園をめぐる事件や、不自然な経緯で許認可を受けた加計学園問題の対応に苦慮する中、自身が規模を拡大して開催した「桜を見る会」についても数々の疑惑が明らかになり、激しい追及を受けていた。森友学園に続いて、こちらも事件化しそうな状況にあったのだ。
そこで安倍首相は、検事総長の座に官邸と距離が近く、意向を汲んで捜査の指揮を執ってくれるとみられる人物、すなわち法務省事務次官から東京高検検事長に転じた黒川弘務を何としても起用しようと画策した。
そのため、官邸みずから検察庁の人事に介入していく。黒川の同期でライバルであった前法務省刑事局長の林眞琴を左遷したばかりか、定年間近の黒川のために、国家公務員の定年規定の解釈を変更。検察庁法の改正まで行おうとした。
ところが、たまたま黒川がマージャン賭博に手を染めていたことが発覚。検事総長就任は見送られることになり、この件に懲りた官邸は人事介入から手を引くことになる。
検察の人事は、これを機に従来のものへと復したが、検察内には大きな遺恨が残った。以来、検察は自民党への捜査を精力的に行うようになったのである。いまだくすぶっている政治資金パーティー券をめぐる裏金事件も、その1つとされている。
時任兼作(ジャーナリスト)