だが、遺恨はこの程度では終わらなかった。政府関係者はこう語る。
「政治介入は、検察の自民党、とりわけ安倍派への捜査を加速させただけでなく、検察内の粛清人事をも生み出すことになった。検察主流派の徹底した復讐戦を招いたということだ。左遷された林が検事総長に就いてからは、なおのことだ」
先頃、発表された検察幹部の人事においても、この路線が継承されているという。黒川の後任として法務省事務次官に就き、安倍政権側に立った辻裕教を押しのける形で、2期下の畝本直美が検事総長に就任したのである。
辻は検事総長候補と言われながらも、昨年の人事でも仙台高検検事長に留め置かれ、畝本が東京高検検事長に抜擢されている。
これについては、林の〝執念〟と喧伝されている。林はすでに退官していたものの、退官前に「辻は偉くしない。東京に戻さないように」と厳命したのだという。また、林は、現官邸で官僚の人事を取り仕切る内閣人事局長・栗生俊一と肝胆相照らす仲であり、その影響力を行使しているとも言われる。
さて、事件に話を戻そう。実は北川は、森友学園事件の捜査を指揮した検事正。佐川宣寿前国税庁長官ら財務省幹部を全員不起訴にしたのは、北川なのである。政府関係者が続ける。
「安倍に加担した者は絶対に許さない、ということを示した新たな事例が北川事件だ。めったに事件を扱うことのない高検が逮捕したのは、検察中枢からの意向が届きやすいからだ。この件は、状況からして、被害者とされる女性検事が同意したと見られるような面があるため、当人がなかなか訴えようとしなかったのだろう。だが、ここへきてようやく説得できたということ。だからこそ、プライバシーを盾に概要以上の詳しいことは明かさなかった。おまけに、捜査を指揮した責任者(高検トップの上冨敏伸検事長)は体調急変で急逝してしまった。もはや死人に口なし。これが語られざる事件の真相だ」
北川が逮捕、起訴に際し、「同意があったと思った」と抗弁したのは、こうした事情があったからだと見られている。
左遷人事をめぐる怨念も、ここまで来ると恐ろしいという他ない。
折しも6月末、黒川の定年延長をめぐり、神戸学院大の上脇博之教授が関連の文書を不開示とした国の決定を取り消すよう求めた訴訟で、大阪地裁は、不開示決定の大部分を取り消す判決を言い渡した。判決に際し裁判長は「検察官の定年延長をしないといけない社会情勢はなく、他の検察官で延長された例もない。定年延長は黒川氏の定年に間に合うように短期間で進められたもので、黒川氏のためだったと思わざるをえない」とも言及した。
くしくも司法の場でも、政治介入が断罪されたわけであり、林の溜飲も下がったと見られるが、果たしてどうか。裏金問題が解消しない最中、むしろこのままで、との声もあるが。
(文中敬称略)
時任兼作(ジャーナリスト)