「FC町田ゼルビアVSモンテディオ山形」J2リーグ第32節・2023年8月26日
プロ野球やプロサッカーの監督は、基本的には個人事業主だ。会社や組織に属することなく、個人で独立して事業を営んでいる。
優勝するなど結果を出せば、報酬面での見返りは大きく、ヨソからも声がかかるが、散々な成績に終わった場合は失業も覚悟しなければならない。
8月26日現在、J1リーグで首位の座をキープするFC町田ゼルビアの黒田剛監督は、高校教師からプロ監督に転身した変わり種である。安定した教員という仕事を捨て、プロの世界に飛び込んできた。
その黒田率いるゼルビアは今季、J2からJ1に昇格したばかり。これまでJ1に籍を置いたことのないチームが昇格1年目で優勝を果たせば、Jリーグ史上初めてのことだ。
黒田が青森山田高の監督に就任したのは1994年。18人の部員からスタートし、28年の間に、高校選手権を3度、インターハイと高円宮杯U -18プレミアリーグファイナルを2度ずつ制した。高校サッカー界の、押しも押されもせぬ名将である。
しかし、黒田は「高校サッカー界の」という枕詞に満足しなかった。
そんなある日、ゼルビアの親会社であるサイバーエージェントの藤田晋社長から監督を打診された。一昨年秋のことだ。
黒田の回想。
「おそらく、これまでサッカーに深く関わってきた人なら、僕のようなプロ未経験者をJクラブの監督に、とは考えなかったでしょう。藤田さんは一代で会社を築き、大きくしてきた人。先見の明があり、勝負に対するセンスがある。そんな人だからこそ、高校サッカーとはいえ、組織を強くし、勝ち続けてきた僕の感性や感覚に賭けてみたいという思いがあったのでは‥‥」
高校サッカー界きっての名将は、23年のJ2開幕を迎えるにあたり、選手たちに数値目標を示した。
勝ち点90、失点30。
これを達成できれば優勝できるという明確なメルクマールである。
黒田は語った。
「優勝してJ1昇格。最初から高い目標値を設定することで、選手やスタッフはブレることなくベクトルを合わせることができる。とにかく『この監督は本気だ』と思わせることが重要だと考えました」
黒田ゼルビアは第2節のザスパクサツ群馬戦から6連勝し、第4節で首位に立つと、第9節で2位に後退したものの、すぐに首位の座を奪い返し、第39節のロアッソ熊本戦に勝利し、クラブ史上初のJ1昇格を決めたのである。
ゼルビアの底力を示したのが8月26日、ホームでのモンテディオ山形戦だ。
5連勝と勢いに乗るモンテディオに対し、ゼルビアはエースストライカーのエリキを故障で欠いていた。
先制したのはゼルビア。前半19分、藤尾翔太がPKを決めると、31分には沼田駿也が2点目。37分には左CKをミッチェル・デュークがヘディングで決めた。後半にも2点を追加し、5対0で大勝した。
「山形のような後ろからビルドアップしてくるチームは、我々のプレッシングにはまりやすい。相性もぴったり合ったと思います」
そう前置きして、黒田は結んだ。
「選手は達成感とともに『これで行ける!』という感触を摑んだ試合でした」
有言実行の男の背中が、ひときわ大きく見えた。
二宮清純(にのみや・せいじゅん)1960年、愛媛県生まれ。フリーのスポーツジャーナリストとしてオリンピック、サッカーW杯、メジャーリーグ、ボクシングなど国内外で幅広い取材活動を展開。最新刊に「森保一の決める技法」。