「武尊 VS スーパーレック・キアトモー9」ONE165・2024年1月28日
「ONE Championship」とは、タイ出身の実業家チャトリ・シットヨートンが主宰するシンガポールを拠点とする格闘技団体だ。
立ち技部門はムエタイ(ヒジ打ちOK、オープンフィンガーグローブ着用)とキックボクシング(ヒジ打ち禁止、ボクシンググローブ着用)に分かれている。
K-1世界3階級制覇王者のキックボクサー武尊がONEのリングに初めて上がったのは今年1月28日。東京・有明アリーナ。キックボクシング部門で、スーパーレック・キアトモー9(タイ)の持つONE世界フライ級王座に挑んだ。
当初、武尊はムエタイ部門王者のロッタン・ジットムアンノン(タイ)と戦う予定だった。
ところがロッタンが練習中に左腕を負傷したことで、大会約3週間前に対戦相手がスーパーレックに変更となった。
戸惑いはなかったのか。
「最初はロッタン選手とやりたいという気持ちが強かったので残念でした。でも、いきなりチャンピオンに挑戦できる機会は滅多にないし、いずれは戦いたいと思っていた相手だったので、切り替えて試合に臨みました」
武尊のファイトスタイルは、肉を斬らせて骨を断つ─。いや「魂」を獲りに行くような打ち合いには、絶対の自信を持っている。
打ち合っている最中、ニコッと笑うことがあり、相手にとっては不気味なことこの上ない。
〈倒される恐怖は一切封印して、「僕が先に当てて、相手を倒す」と信じてパンチを思い切り打っているから、わずか0コンマ何秒でも僕のパンチが先に当たって、相手はその場に倒れる。
この「際」の強さが、僕の武器と思っている〉(自著「武尊ユメノチカラ」徳間書店)
1ラウンド、いきなりアクシデントが武尊を襲う。相手のローキックをカットした際、左ひざを痛めてしまったのだ。
スーパーレックはムエタイ出身だけあって蹴りが強く、パンチのコンビネーションも多彩だ。
2ラウンドも王者が優勢に試合をすすめた。
後日、武尊は語った。
「プロの試合で、あそこまでローキックが効いたのは初めて。それこそ痛みで意識が飛びそうなくらい。パンチやキックによる脳の揺れではなく、痛みで意識が飛びそうになったのも初めてでした」
しかし、ここから武尊は本領を発揮する。
3ラウンド、蹴りを控えた武尊は殴り合いに持ち込む。王者をコーナーに詰め、ブローの雨を降らせる。
ボディに2ダース以上の連打を叩き込み、上半身をくの字に折った王者に、さらに追い討ちをかける。
いつもの武尊なら、倒し切っていただろう。だがひざの踏ん張りがきかないため、勝負どころでパンチが流れた。
4ラウンドは息を吹き返した王者が、ローキックやひざ蹴りを中心に攻撃を組み立て、有効打で武尊を上回った。
そして迎えた最終5ラウンド。判定では不利と判断した武尊は前へ前へと出るが、王者はガードを固め、距離をとって挑戦者を冷静に迎撃した。
判定は3対0でスーパーレック。試合後、武尊には左ひざ2カ所の骨折と筋断裂が判明した。それが死闘の代償だった。
敗れてなお強し。この男の試合にハズレはない。
二宮清純(にのみや・せいじゅん)1960年、愛媛県生まれ。フリーのスポーツジャーナリストとしてオリンピック、サッカーW杯、メジャーリーグ、ボクシングなど国内外で幅広い取材活動を展開。最新刊に「森保一の決める技法」。