スポーツ

二宮清純の「“平成・令和”スポーツ名勝負」〈イチローVS古田敦也の心理戦〉

ヤクルトVSオリックス」日本シリーズ・1995年10月21日

 1995年の日本シリーズはヤクルトとオリックスの間で行なわれた。

 シリーズが始まる前、ヤクルトの顔でもあり頭脳でもある捕手の古田敦也は、えもいわれぬ世間の〝オリックス推し〞を警戒していた。

 同年1月、オリックスが本拠地とする神戸は大地震(阪神・淡路大震災)に見舞われ、市内だけでも4571人もの死者を出していた(全体では6434人)。

 シーズンが始まる前のオリックスのキャッチフレーズは「アメージング・ベースボール——オリックスから目が離せない」だったが、後半部分を「がんばろうKOBE」に変えた。

 被災した地域住民の熱烈な声援を受けたオリックスは、84 年(当時は阪急)以来、11年ぶりのリーグ優勝を果たした。この年のシリーズは、パ・リーグ本拠地からのスタートだった。1、2戦を落とすと、東京に戻ってから巻き返すのは難しい——。古田はそう考えていた。オリックスへの世間の判官贔屓を肌で感じていたのだろう。

 オリックスの中心は、1番打者のイチローだ。前年、NPB記録(当時)の210安打を記録し、3割8分5厘のハイアベレージで首位打者に輝いたイチローは、この年、打率こそ3割4分2厘とやや落としたものの、80打点をあげ、二冠王に。ホームランも前年の13本から25本に伸ばすなど、チャンスメーカーとポイントゲッターの2役をこなしていた。

 イチローを、どう封じるか。それが古田に課された最大の使命だった。

 第1戦は10月21日。ヤクルト野村克也監督は先発に、この年14勝(5敗)をあげた205㌢のテリー・ブロスを立てた。

 1回裏、先頭のイチローに投じたボールは、アウトハイのストレートだった。

 古田には次のような狙いがあった。

「ブロスに細かいストレートを要求しても無理。それに、もしブロスの高めのストレートが簡単に打たれるようなら、ちょっと抑えようがないなと‥‥」

 いわばブロスの、威力のある高めのストレートをイチロー封じのリトマス試験紙に使ったのである。結果は3球目、インハイのストレートでライトフライ。

 圧巻だったのは3回、2死無走者で巡ってきた第2打席。古田は初球の変化球以外は全てストレートを要求した。イチローは7球目、ボール気味の外角ストレートに手を出し、空振り三振に倒れた。

 この試合を5対2でとったヤクルトは次も勝ち、敵地で2連勝。第4戦こそ落としたものの、4勝1敗で日本一に輝いたのである。 勝因は、イチローのバットを封じたことにあった。打率2割6分3厘、1本塁打、2打点。

 後日、古田は興味深い話を口にした。

「イチロー君は狙い球によって体重のかけ方が違う。右足のカカトにかける時と爪先にかける時があるんです。カカトにかける時は、体が前に行かないから懐のボールでも打つことができる。反対に爪先にかけている時は、体が前に行ってるから外のボールでもうまく拾うことができる。このシリーズ、イチロー君と対戦する時は、ずっと右足ばかり見ていました」

 そして、ポツリと言った。

「本当は130試合すべてにこのくらいの気持ちでやらんといかんのでしょうけど、それじゃ体が持たんですよ(笑)」

二宮清純(にのみや・せいじゅん)1960年、愛媛県生まれ。フリーのスポーツジャーナリストとしてオリンピック、サッカーW杯、メジャーリーグ、ボクシングなど国内外で幅広い取材活動を展開。最新刊に「森保一の決める技法」。

カテゴリー: スポーツ   タグ: , , , , ,   この投稿のパーマリンク

SPECIAL

アサ芸チョイス:

    デキる既婚者は使ってる「Cuddle(カドル)-既婚者専用マッチングアプリ」で異性の相談相手をつくるワザ

    Sponsored

    30〜40代、既婚。会社でも肩書が付き、責任のある仕事を担うようになった。周囲からは「落ち着いた」なんて言われる年頃だが、順調に見える既婚者ほど、仕事のプレッシャーや人間関係のストレスを感じながら、発散の場がないまま毎日を過ごしてはいないだ…

    カテゴリー: 特集|タグ: , |

    これから人気急上昇する旅行先は「カンボジア・シェムリアップ」コスパ抜群の現地事情

    2025年の旅行者の動向を予測した「トラベルトレンドレポート2025」を、世界の航空券やホテルなどを比較検索するスカイスキャナージャパン(東京都港区)が発表した。同社が保有する膨大な検索データと、日本人1000人を含む世界2万人を対象にした…

    カテゴリー: 社会|タグ: , , , |

    コレクター急増で価格高騰「セ・パ12球団プロ野球トミカ」は「つば九郎」が希少だった

    大谷翔平が「40-40」の偉業を達成してから、しばらくが経ちました。メジャーリーグで1シーズン中に40本塁打、40盗塁を達成したのは史上5人目の快挙とのこと、特に野球に詳しくない私のような人間でも、凄いことだというのはわかります。ところで、…

    カテゴリー: エンタメ|タグ: , , |

注目キーワード

人気記事

1
長与千種がカミングアウト「恋愛禁止」を破ったクラッシュ・ギャルズ時代「夜のリング外試合」の相手
2
暴投王・藤浪晋太郎「もうメジャーも日本も難しい」窮地で「バウアーのようにメキシコへ行け」
3
日本と同じ「ずんぐり体型」アルプス山脈地帯に潜む「ヨーロッパ版ツチノコ」は猛毒を吐く
4
侍ジャパン「プレミア12」で際立った広島・坂倉将吾とロッテ・佐藤都志也「決定的な捕手力の差」
5
怒り爆発の高木豊「愚の骨頂!クライマックスなんかもうやめろ!」高田繁に猛反論