全日本女子プロレスの内幕を描いたドラマ「極悪女王」(配信ネットフリックス)が大反響だ。三禁(酒、タバコ、男性との交際)、25歳定年制といった理不尽な掟、今では考えられない暴力・パワハラがまかり通った超体育会系の「昭和の女子プロ」が令和に脚光を浴びている。悲鳴と怒号で血塗られた「女子プロ黄金時代」を再戦ファイッ!
まずは「極悪女王」で長与千種を演じた唐田えりか(27)のキャスティングの妙を称賛するのは作家の亀和田武氏だ。
「将来を嘱望されていたにもかかわらず、東出昌大との不倫で、『テレビで見たくない女優ナンバーワン』的な扱いをされて芸能界からドロップアウトしかけた唐田が見事に復活。聞けばオーディションを受けて長与役を勝ち取ったそうですから。その彼女が出演することによって物語にいい陰影ができている。まさに、これがプロレスなんですよね」
道頓堀プロレスのリングアナ、マグナム北斗氏も拍手を惜しまない。
「ええのよ、全5話ぐらいで。ミミ萩原がいないとか言う人いるけど、そんなこと言ったらビューティ・ペアに対抗した悪役のブラック・ペア(池下ユミ&阿蘇しのぶ)もいないわけよ。経営側の松永4兄弟も3兄弟になってるし、史実と違うのは仕方ない」
懐かしい名前がポンポン飛び出したところで「全女」の黎明期から振り返ると、やはりマッハ文朱の存在は忘れてはならない。
「『スター誕生!』の決勝大会に背の高い子が出てたおぼろげな記憶があるな。山口百恵はスカウトのプラカードがいっぱい上がったけど、マッハさんには上がんなかったよね」(マグナム氏)
しかし、その恵まれた体格を生かし、15歳で全女入り。75年、WWWA世界シングルのベルトを巻く。同年演歌「花を咲かそう」でレコードデビューを果たし、40万枚を売り上げる大ヒットとなった。
「あの頃の女子プロレスはキャバレー回りやストリップ劇場回りばっかりでね。だから全女の選手は伝統的に3カウントのフォールをブリッジで返すやんか。あれはリングサイドでじっと股間見てるおっちゃんたちを喜ばすため。マッハさんの大ヒットでテレビ局と仲よくなった全女は、次のビューティ・ペアも歌わせた。でもマッハさんと違って歌、下手だったよね」(マグナム氏)
79年、敗者引退ルールで行われたジャッキー佐藤とマキ上田との歴史的対戦。マキが負けて引退、ビューティ・ペアは解散となるのだが、KOやギブアップではなく3カウントの「押さえ込み」での決着だった。他団体にはない全女独自の「押さえ込み決着」をマグナム氏は解説する。
「普通だったらマットから肩が外れたらワンからカウントし直すんだけど、新人の試合の時に『ワン、ツー』で、肩が外れててもずっと押さえ込んでたら『スリー』って入れてまうのよ。全女の場合、レフリー自体が興行師で社長一族。試合が盛り上がってなかったら肩が上がってようが、そこで終了。ドラマにもあったジャッキーがジャガー横田に押さえ込みで負けた試合ね。実際に肩が上がっていたかどうかは覚えてないけど、当時ジャッキーは24歳。25歳定年制があったから、肩叩きだったんでしょうね」
老獪レフリーが選手生命をも操っていたのだ。