名越 入省から数年で辞めるキャリア官僚が増えていますが、そもそも官僚になろうという人さえ減っています。霞が関から東大出身者が消えて、今後は「MARCH」などの私大出身者が中心になるという予想もあるようです。東大卒はキャリア官僚に魅力を感じなくなったんですか。
中野 官僚の社会には戦前から無定限無定量で働けという概念があります。意外と東大卒の官僚は体育会系で、膨大な仕事を徹夜してでもやり遂げるんです。彼らはそういうDNAを受け継いできたんですが、さすがにブラックな職場すぎて、バカらしくなったようです。
名越 コスパが悪すぎますよね。
中野 昔は長時間でも頑張れたのは、この仕事で世の中が確実に変わる、大きな影響を与えていると信じられたからです。それは役所でも民間企業でも同じでしょう。
名越 しかし今はそれがなくなって、長い坂を転落する時代になった。
中野 ただ単に働く時間が長いだけです。政治家に怒鳴られた若手官僚はアホらしくなり、翌日には霞が関を去ってしまう。このまま放置すれば、辞める若手が増えていくだけです。
名越 キャリア官僚にならない東大卒は、どこに行くんでしょうか。
中野 優秀な東大生はマッキンゼーなど外資系の有名な経営コンサルタント会社やシンクタンクに就職します。実は今、各省庁は自分らで手に負えない業務をシンクタンクなどにアウトソースして任せる兆候が徐々に出ています。優秀な東大卒がコンサルに流れたら、霞が関は完全に真空状態です。
名越 霞が関から、長い時間をかけて積み上げてきた威信までが消えそうですね。
中野 この傾向はすでに始まっています。あと数十年経ったらまったく構図が変わってきて、霞が関はもはや頭脳の中心ではないかもしれません。
名越 日本の官僚制度は、どうなると思われますか。
中野 経産省は以前から「一部の優秀な人間だけで自由に物事を決めるべき」との考えを持っていました。いわゆる「スーパーキャリア官僚」構想です。官僚出身のマクロン大統領は36歳で経済相に就任するほどフランスの官僚は出世が早い。それに比べて戦後の日本の官僚制は、エリートといっても、戦前のように出世が早いわけでもありませんから、そこに不満を持つ人がいるようです。
名越 出世が遅いことで弊害も生まれているんですね。
中野 定年近くにならないと局長になれなくて、そこでやっと自分のやりたいことができるようになっても遅すぎます。その時にはもう、疲れ果てて何もできない。それなら30代くらいで「官邸官僚」として権限を持てる方が力を発揮できるのではないか、との考えを持つ人も出てくると思います。
名越 今後スーパーキャリア官僚は出てきますか。
中野 霞が関には頭がよくて腹が据わって、多大な仕事をこなしてもまったく疲れない人が一杯います。官邸、内閣府、内閣官房出向というポストに行った瞬間、彼らに日が当たります。やる気や野心のある人には、今はやりがいのある時代と言えるかもしれません。
ゲスト:中野雅至(なかの・まさし)神戸学院大学現代社会学部教授。1964年、奈良県大和郡山市生まれ。同志社大学文学部卒。新潟大学大学院現代社会文化研究科(博士後期課程)修了。奈良県大和郡山市役所勤務ののち、旧労働省に入省(国家公務員Ⅰ種試験行政職)。04年、公募により兵庫県立大学大学院応用情報科学研究科助教授に就任後、教授に。14年より現職。
聞き手:名越健郎(なごし・けんろう)拓殖大学特任教授。1953年岡山県生まれ。東京外国語大学ロシア語科卒業。時事通信社に入社。モスクワ支局長、ワシントン支局長、外信部長などを経て退職。拓殖大学海外事情研究所教授を経て現職。ロシアに精通し、ロシア政治ウオッチャーとして活躍する。著書に「秘密資金の戦後政党史」(新潮選書)、「独裁者プーチン」(文春新書)など。