異色の時代劇がヒットしている。「侍タイムスリッパー」だ。都内1館で公開されたのが8月17日。それが10月末にはなんと、283館にまで拡大された。興収は5億円を超えている。
SNSなどの口コミによる人気の広がりから動員を伸ばし、上映館の数が増えていったのである。インディーズ映画として大ヒットした「カメラを止めるな!」(2018年)現象の再来だとするメディアも多くなっている。
確かに最小館数(「カメ止め」は当初2館)から300館クラスにまで拡大公開され、興収を伸ばしていったのは同じである。どちらも公開後に実績のある配給会社が関わり、拡大の道を切り開いていった。
ただ、作品の作られ方には大きな違いがある。「カメ止め」は製作費が約300万円。俳優などのワークショップを行う会社が製作を担った。
一方の「侍タイ」は、その10倍近くの製作費がかかっているとみられる(それでも低予算だが)。しかも、監督の自費で多くが賄われたという(監督のインタビュー記事などから)。
「侍タイ」の監督は、製作や公開に関しても、自身で映画関係者をはじめとする各方面に働きかけをしたと聞いた。まさに、徒手空拳である。
加えて、当たり前だが、中身がまるで違う。「カメ止め」は卓抜な劇構成に特徴がある。前半部分(ゾンビ映画)と後半部分(その製作の裏側)を絶妙に組み合わせ、しだいにコミカルさや感動的な要素を作り上げていった。
一方の「侍タイ」は、幕末の侍が現代に赴く、見事なタイムスリップものだった。このジャンルは様々な局面で辻褄合わせが非常に難しいのだが、そこを巧みな物語展開と描写力で乗り越えていく。秀逸な職人技の趣さえあった。
最も大きな違いは、その興行の推移であろう。「カメ止め」は30億円を超えた。「侍タイ」は10億円超えがひとつの目安と言われている(もっと伸びるかもしれない)。どちらも凄いが、なぜヒットの程度に違いがあるのか。
一見、何気ないような人間関係や描写の数々(伏線)が、後半あたりで説得力を持つことを、話が「回収」されるという。いわゆる「伏線回収」だ。
「カメ止め」はこの「回収」の仕方が全くユニークにして、とんでもない爆発力があった。しかも、予想もしえなかった家族や仲間の結びつきに、見事に着地させた。ここに若い層を大きく集客した理由があり、それが破格の興行につながったのではないか。
それに対し、タイムスリップものという変化球とはいえ、「侍タイ」は時代劇の王道を踏み、時代劇への愛を高らかに奏でたところに、大きな魅力があったと思う。
こちらも話の「回収」は巧妙だが、大団円の切れ味抜群な殺陣のシーンを含め、笑って泣ける、堂々たるエンタメ作品としての風格が圧倒的であった。その作風からすると、客層の年齢は比較的、上がってくる。
つまり、作品の面白さをめぐって、関心の度合いにちょっとした開きがあったと推察されるのだ。そこを踏まえれば、客層もその広がり方も、相違が出て当然だろう。
今回、2作品を一緒くたにしている風潮があるので、少し整理してみた。もちろん、どちらも映画界に多大な刺激を与え、映画志望の若い人たちに希望の灯をともしたのは間違いない。重要なのは誰が、どこが、あとに続くかである。
(大高宏雄)
映画ジャーナリスト。キネマ旬報「大高宏雄のファイト・シネクラブ」、毎日新聞「チャートの裏側」などを連載。新著「アメリカ映画に明日はあるか」(ハモニカブックス)など著書多数。1992年から毎年、独立系作品を中心とした映画賞「日本映画プロフェッショナル大賞(略称=日プロ大賞)」を主宰。2024年には33回目を迎えた。