審判員を意味する「レフェリー(referee)」の語源「refer」には「(問題などを)任せる、ゆだねる」という意味がある。したがって、審判員はプレー中、常に「どんなことが起きたかを冷静に状況判断すべき」立場に置かれているのである。
ところがそんな審判員が選手に対して、耳を疑うような暴言を吐いたとしたら…。
「大事件」が勃発したのは、2008年4月29日に行われた、サッカーのFC東京VS大分トリニータ戦でのことだった。試合中、大分DF上本大海が西村雄一主審に対し、
「FC東京のFW赤嶺(真吾)のヒジが(大分DF深谷友基の体に)入ってました。今日2度目ですよ」
とアピール。すると西村主審があろうことか、こう言い放ったというのである。
「うるさい! お前は黙ってプレーしておけ。死ね!」
周囲にいた複数の選手がこの暴言を耳にしており、上本が試合後、審判団が引き上げる際に「サッカー協会に報告しますよ」と伝えると西村主審は、
「お前は黙っとけ! イエローカード(警告)を出すぞ」
さらに恫喝したのだと。これが事実であれば、とんでもない話である。
記者団を前に、上本は怒り心頭で言った。
「ショックでしたね。同じことを僕らが言ったら退場でしょ。選手はカードを持っていないけど、あの審判はレッドカードです。絶対に許せない」
事態を重くみた日本サッカー協会は5月1日、審判委員会で西村氏を事情聴取した。そこで「うるさい、お前はあっちに行ってろ」と言ったことは認めたものの、「死ね」発言は強く否定。「黙ってプレーして」だったと主張したのである。
ただ、2人のやり取りはテレビ映像やチームのスカウティング映像でも明確には確認できず。そこで協会側は、
「何もないところで『死ね』という言葉が出てくるとは思えない。ただ、指摘があったことは事実。きっちり調べ、なるべく早く発表したい」
とコメントしていた。
西村氏は16歳で4級審判員の資格を取得。JFA(日本サッカー協会)主催のサッカー競技を担当できるのは1級審判員のみで、うちJFAとプロ契約を結んでいる「プロフェッショナルレフェリー」の中でも、西村氏は当時、国内トップクラスの位置にいた。
そんな人物が「死ね」などという暴言を吐いたとすれば、調査結果次第では最悪の場合、「日本サッカー界から永久追放」に近い厳罰が下される可能性があった。
確かに両チームがエキサイトする中、場内が喧騒に包まれ、「して」と「死ね」を聞き間違えた可能性は否定できない。だが退場時に「うるさい、お前はあっちに行ってろ」と言い放ったとなれば、その前段階で…ということが絶対にないとは言い切れないだろう。
両者による「言った、言わない」の水掛け論は物証的根拠を示せないまま平行線をたどることに。審判委員会としても「主審の主張は認めるものの、当該選手の主張も否定はしない」という、どっちつかずの見解で結論付けられた。
両チームのファンのみならず、サッカー界全体にもモヤモヤを残すことになってしまったのである。
(山川敦司)