スポーツ

二宮清純の「“平成・令和”スポーツ名勝負」〈「不運」をも受け入れ堂々の演技〉

羽生結弦」北京五輪フィギュアスケート男子SP・2022年2月8日

「正直言って、僕なんか悪いことしたかな」

 演技後、羽生結弦は苦笑を浮かべて、つぶやいた。

 2022年2月8日、北京首都体育館。北京冬季五輪フィギュアスケート男子シングルのショートプログラム(SP)。14年ソチ、18年平昌と2大会連続金メダリストの羽生に、北京の女神は味方しなかった。

 開始からおよそ35秒後、最初のジャンプの4回転サルコウが、わずか1回転になってしまった。

 他の選手が掘ったリンクの穴に、踏み切った左足のエッジがはまり、ジャンプが抜けてしまったのだ。

 いったい、五輪の舞台で、なぜこんなことが起きてしまったのか。

 ある関係者は、表情を曇らせ、こう語った。

「滅多に見られませんが、起きるとしたらフリー。ジャンプが多く、後半になるとリンクコンディションが荒れてくるからです。しかし、この日はSP。しかも羽生選手は整氷してから3人目。これはもう運がなかったというしかない。事前の6分間練習で、あの小さな穴を見つけるのは、ほぼ不可能。抉れたような穴の形状からして、おそらくトウジャンプでできたものだと推察されます」

 このアクシデントが響き、スコアは95.15点で8位。メダル圏外に去った。

 羽生の高潔な人柄に触れたのは、14日の記者会見。普通の選手なら、整氷作業の責任者に対し、文句のひとつも付けるだろう。

 だが、羽生は不満めいた言葉を一切口にせず、「ショートプログラムは氷にひっかかって悔しかったけど、滑りやすく跳びやすくて気持ちのいいリンクでした。この場を借りて感謝します」と謝辞を述べたのだ。

 中国人はメンツを重んじる。国際社会は、自分たちをどう見ているか。それが気になって仕方ない。

 まして五輪である。2大会連続金メダリストの羽生が、リンクコンディションの不良により、万全の演技ができなかったとあっては、面目丸潰れだ。

 それこそ責任者は処分されるかもしれない。実際、首筋に冷たい物を感じた者もいたに違いない。

 それを察したからこそ、羽生は先回りして、謝辞を述べたのだろう。スポーツマンの鑑である。

「それでも95点出していただけたのはありがたい。それだけ他のクオリティーを高くできた。自分を褒めてあげたい」

 羽生が素晴らしかったのは、絶望的なアクシデントに見舞われながら、その後完璧なパフォーマンスを披露したことだ。

 4回転トウループ+3回転トウループの連続ジャンプは高さがあり、後ろのジャンプは手の振りをつけた。

 カウンターターンからのトリプルアクセルも美しかった。ピアノ調の「序奏とロンド・カプリチオーソ」に合わせたステップシークエンス、スピンなど全ての要素に加点がついた。

 五輪は残酷である。4年かけて準備してきても、たったひとつのミスが原因で台無しになってしまう。

 それが自ら招いたミスであれば諦めもつく。自分を責めるより他あるまい。

 だが北京での羽生の場合、自らには一切非がなく、ただただ運が悪かったに過ぎない。

 それでも静かに運命を受け入れ、アクシデント後も淡々と、そして堂々と自らを表現し続けた羽生の姿こそは、理想のオリンピアンそのものだった。

二宮清純(にのみや・せいじゅん)1960年、愛媛県生まれ。フリーのスポーツジャーナリストとしてオリンピック、サッカーW杯、メジャーリーグ、ボクシングなど国内外で幅広い取材活動を展開。最新刊に「森保一の決める技法」。

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