「東芝ブレイブルーパス東京 VS 埼玉パナソニックワイルドナイツ」リーグワンプレーオフトーナメント決勝・2024年5月26日
ラグビーのオールドファンには東芝対三洋の頂上決戦、と書いた方が通りがよいのかもしれない。
2024年5月26日、東京・国立競技場。23–24シーズンのリーグワンプレーオフトーナメント決勝は、東芝ブレイブルーパス東京と埼玉パナソニックワイルドナイツの間で行なわれた。
この両チームは関東社会人リーグ、東日本社会人リーグ、そして2003年に発足したトップリーグでもしのぎを削ってきたライバル。両雄がプレーオフ決勝で雌雄を決するのは、トップリーグ時代の16年1月以来8年ぶりのことだった。
この名門対決には、もうひとつ見どころがあった。W杯に日本代表として4大会連続(2011年ニュージーランド、15年イングランド、19年日本、23年フランス)で出場し、日本ラグビーの顔とも言える埼玉のフッカー堀江翔太の「引退試合」でもあったのだ。
詰め掛けた観客はリーグワン最多の5万6486人。空は晴れ渡り、爽やかな風がスタジアムを吹き抜けた。
先制したのは埼玉。2本のPGをスタンドオフ松田力也が決め、6対0。対するBL東京は前半27分、ウイングのジョネ・ナイカブラが力強い突破を見せ、インゴールに飛び込んだ。
大歓声とともに、後半開始と同時に堀江がピッチに姿を現した。その後は互いにトライを取り合い、後半34分の時点でスコアはBL東京の24対20。
2年ぶりの王座奪還を目指す埼玉は残り時間が6分を切ったところで猛攻を仕掛ける。38分、ロックのエセイ・ハアンガナからパスを受けた堀江が左サイドのウイング、マリカ・コロインベテにパス。流れるような攻撃だ。直後に左サイドから右サイドに素早く展開し、最後にボールをインゴールに持ち込んだのは俊足のウイング長田智希。
トライが認められれば埼玉の25対24。コンバージョンキックを蹴ろうとした松田は「勝ったと思った」という。
ところが、である。ピッチの雲行きが怪しくなってきた。滑川剛人レフリーがなかなかプレーを再開しないのだ。
滑川はTMO(テレビジョン・マッチ・オフィシャル)からの無線を受け、映像がモニターに映し出されるのを待っていた。
対象となったのはトライから2フェーズ前のシーン。堀江からコロインベテへのパスが前方に流れていないか、すなわちスローフォワードの確認に時間を要したのだ。
入念なチェックの後、滑川は両手を水平に開き、トライキャンセルのジェスチャー。
土壇場での逆転を信じて疑わなかった埼玉ファンが陣取るスタンドからは一斉に溜息が漏れた。
スコアは、そのまま動かず24対20でノーサイド。前身のトップリーグで最多タイとなる5回の優勝を誇る名門が、リーグワンになって初めて戴冠を果たした。
試合後、問題のシーンを堀江は、こう振り返った。
「とりあえず横にペッと放った感じ。ジョネ(・ナイカブラ)が僕にタックルに入ってなかったら‥‥」
逆に言えばナイカブラの執念のタックルが名手の手元を微妙に狂わせたのだ。
さばさばした表情でスタジアムを後にする堀江の背に、埼玉のみならずBL東京のファンからも割れんばかりの拍手がおくられた。
二宮清純(にのみや・せいじゅん)1960年、愛媛県生まれ。フリーのスポーツジャーナリストとしてオリンピック、サッカーW杯、メジャーリーグ、ボクシングなど国内外で幅広い取材活動を展開。最新刊に「森保一の決める技法」。