名越 一方で国際会議での首相や大臣の発言要領は外務省が作り、政治家はそれを読むだけになった印象があります。
杉山 例えば首脳会議では、事前に両国で議題を決めますし、発言のメモも官邸とやり取りで作成します。
名越 首脳会議はセレモニーということですか。
杉山 そうとは言えません。例えば先日の大統領選でトランプさんの返り咲きが決まりましたけど、19年のトランプさんと安倍総理との日米首脳会談では、予定にない日米貿易の話題が出た。トランプさんは日本の貿易黒字が気に入らないらしく、文句を言ってきたのです。当時、対米黒字は680億ドルなのに「何千億ドルもある」と事実とは異なることも言ってきました。でも、安倍総理はその場では反論をしませんでした。
名越 会話はすべて記録に残るから、認めたことになりませんか。
杉山 私も困ったと思い、食事の前に訂正してはどうかと提案しました。トランプさんはダイエットコークしか飲まないけれど、おいしいものを食べれば機嫌がよくなるだろうと思ったからです。そこを見計らって安倍総理が「ところで、先ほどの貿易摩擦の件だけど、数字が違っていましたよ」と切り出したんです。トランプさんは「そうなのか。ただ、数字はともかく、大きいのは確かだろう」と言いましたが、安倍総理は「黒字が大きいから、投資もしているじゃないですか」と主張しました。結果「そうか、なるほど」とトランプさんも納得したんです。これが首脳外交の醍醐味というか、意義なんです。
名越 実際のトランプさんは、どんな人物ですか。
杉山 数字や細かいことはいい加減なこともありますけど「それは役人の仕事だ」というのが彼の考えです。その意味で非常にリーダー的だし、何よりチャーミングな人でした。面と向かって長く話したのは1、2回ですが、相手の目を見て話をするし「そうか」と肩を叩きながらしゃべるなど、パーソナルな雰囲気を出すのがうまい。あれだけ問題を起こしても支持者がいるのは、彼が魅力的だからです。
名越 本書では「トランプ現象は、白人以外の割合の増加など、アメリカの変化の反映で、今後当分続く」と書いてあります。日本とアメリカの関係は、どう変化するのでしょうか。
杉山 対日関係がすぐに変わることはないでしょうけど、環境や気候変動への取り組みは確実に変わるでしょう。法律ができている以上、方向は同じですが、ゴールへの速度はかなり遅れるかもしれません。
名越 石油増産で原油価格は下がるでしょうから、日本にとってインフレ抑制になる。好材料もありそうです。
杉山 あと、彼はウクライナへの支援に消極的ですし、中東紛争は「俺が大統領になれば、すぐに止めさせる」と言っています。
ゲスト:杉山晋輔(すぎやま・しんすけ)1953年愛知県名古屋市生まれ。77年早稲田大学法学部中退、80年オックスフォード大学卒業(1992年同大学修士)。77年外務省入省、総合外交政策局国連政策課長、条約局条約課長、アジア大洋州局長、外務審議官( 政務)、外務事務次官、アメリカ合衆国駐箚特命全権大使などを歴任。21年外務省顧問。現在、早稲田大学特命教授。
聞き手:名越健郎(なごし・けんろう)拓殖大学特任教授。1953年岡山県生まれ。東京外国語大学ロシア語科卒業。時事通信社に入社。モスクワ支局長、ワシントン支局長、外信部長などを経て退職。拓殖大学海外事情研究所教授を経て現職。ロシアに精通し、ロシア政治ウオッチャーとして活躍する。著書に「秘密資金の戦後政党史」(新潮選書)、「独裁者プーチン」(文春新書)など。