「誰も言わない日本の『実力』」藻谷浩介/1870円・毎日新聞出版
もはや日本は発展途上国。国際競争力は地に落ちた─。果たして本当にそうだろうか。地域エコノミストの藻谷浩介氏が「ファクト」に基づいて徹底検証。ジャーナリストの名越健郎氏と日本の今後について語り合った。
名越 藻谷さんといえば、2010年に出版された「デフレの正体 経済は『人口の波』で動く」が50万部、13年の「里山資本主義 日本経済は『安心の原理』で動く」(共に角川新書)も40万部を超える大ベストセラー作品を上梓されています。人口問題や地方移住など、いち早く提言されましたが、特に「里山」という言葉は、この本で定着したと思います。
藻谷 「里山」はもともと日本のどこにでもあって、学術用語でもありますが、この本で、口にされる機会が増えたかもしれません。
名越 これまで日本全国にあった約3200もの市町村すべてを回られたそうですね。
藻谷 大学卒業時点で市の92%、町村の8割弱に行っていて、就職してから残りを、休みに回りました。実際に行って初めて、どんなところかがわかるもので。今では全自治体の位置、地形、交通、人口の推移や産業、観光地などを覚えています。講演した自治体も500は超えているでしょう。海外も140カ国を自費で訪問しています。
名越 石破内閣も推奨している「地方創生」については、どう感じていますか?
藻谷 「地方創生」というと、まるで一からつくるみたいで変な言葉ですが、東京一極集中が異常なのは確かですから、応援します。ただ昭和時代のように、「地方には仕事がない」というわけではありません。失業率は、ほぼすべての市町村が2~3%に収まっています。過疎地になると1%未満も多いですね。
名越 所得の格差はどうですか?
藻谷 東京都を100とすると、60台が一般的で、最低値でも50ぐらい。地方に行くほど住居費も生鮮品価格も安いので、生活の苦しさでは47都道府県で東京が最低というのが、内閣府の調査で出ています。
名越 離島や過疎地と東京の差はあまりない、ということでしょうか。
藻谷 そもそも人生90年のうち、働いている年数は半分程度。トータルでの暮らしやすさをよく示すのが、2014年に計算された人口1人当たりの生活保護費です。東京23区の平均は5万6200円と、全国屈指に高い。他方で、例えば能登地震の被災地の石川県珠洲市は9100円でした。ざっくり言って地方都市は東京の半分から3分の1、過疎地は4分の1から8分の1しかありません。現実を見れば、上京して家を買うのは大損です。
名越 それは驚きですね。地方自治体を見ると、企業誘致で成功して頑張っている地区と、何もしないで酒ばっかり飲んでいる地区もあります。平等に地方交付税がいくので目立ちませんが、地方の役人の能力の差も相当あると思うのですが。
藻谷 企業誘致で地域活性化というのは昭和の考え方です。過去10年間の生産額の成長率でみれば、工業も、小売サービス業も1%なのに対し、農業は2%で林業は6%ですから。意欲ある農家では、30代で年収1000万円超えの例も多くあります。彼らは役所に頼らず、仕事後は楽しくお酒を飲んでいますよ。
名越 藻谷さんご自身は、地方に住んでいるんですか?
藻谷 土地を買いまして、これから家を建てて移住します。地方在住でも全国に出かけられますから。
ゲスト:藻谷浩介(もたに・こうすけ)1964年山口県生まれ。地域エコノミスト。東京大学法学部卒業。日本総合研究所主席研究員。平成大合併前の約3200市町村のすべて、世界136カ国を自腹で巡り、地域特性を多面的に把握。地域振興や人口問題に関して精力的に研究、執筆、講演を行っている。「デフレの正体 経済は『人口の波』で動く」「和の国富論」など著書多数。
聞き手:名越健郎(なごし・けんろう)拓殖大学特任教授。1953年岡山県生まれ。東京外国語大学ロシア語科卒業。時事通信社に入社。モスクワ支局長、ワシントン支局長、外信部長などを経て退職。拓殖大学海外事情研究所教授を経て現職。ロシアに精通し、ロシア政治ウオッチャーとして活躍する。著書に「秘密資金の戦後政党史」(新潮選書)、「独裁者プーチン」(文春新書)など。