JリーグMVPに輝いたヴィッセル神戸・武藤嘉紀の周辺が、にわかに慌ただしくなってきた。
武藤のMVP獲得は、誰もが認める文句のつけようがない受賞だった。右ウイングというポジションでありながら、チーム最多の13ゴール、同2位の7アシストを決めた。昨季の武藤は、得点王に輝いた大迫勇也を生かすプレーが多かった。しかし今季は大迫へのマークが厳しくなったことで、武藤がよりゴールへと向かうように。これがチーム最多ゴールに繋がった。
数字のみならず、記憶に残るゴールもある。第26節のアウェー、横浜F・マリノス戦、3連勝と波に乗るマリノス相手に先制を許すも、武藤の2ゴールで逆転勝ちを収めた。第31節のアウェーでの新潟戦は、1-2と逆転されて完全に新潟ペースの中、後半28分に同点ゴールを決めた。このゴールこそが、アディショナルタイムの逆転ゴールに結びついたのだ。試合後の吉田孝行監督は「苦しい時間帯でも一発狙っている。ああいう場面で点が取れるのが武藤」と信頼感の大きさを明かしている。
圧巻だったのは第37節、アウェーでの柏戦だ。0-1のままアディショナルタイムに入りPKを得たが、これを大迫が外す。普通ならば、このまま試合は終了するのだが、後半55分に武藤が同点ゴールを決める。負けていれば2位転落で最終戦を迎えなければならなかっただけに、まさに執念のゴールだった。
そんな武藤に今、移籍の噂が流れている。今季で契約が切れる武藤は6カ月前から交渉が可能で、浦和レッズが獲得に動いていると言われていた。
武藤はサッカーに集中するために、東京に家族を置いて単身赴任で神戸に移籍した。MVP獲得では、家族への感謝の気持ちを口にしていた。
「家族にはずっとつらい思いをさせてきました」
1カ月に一度の割合で帰京する際も、家族がひとりでも風邪を引いていれば会うのをキャンセルし、子供の授業参観や行事にも参加できず、父親らしいことは何もしてあげられなかったという。
その気持ちから、神戸の2連覇に貢献したことで、来季は東京に戻るのではないかといわれているのだ。その一番手が浦和ということだ。
浦和は今季13位と低迷し、決定力不足解消のために武藤獲得に動いた。しかも来年には、32チームが参加するクラブW杯がある。アジアを代表して参加する浦和にとって、武藤の決定力は大きな武器になるのだ。
もちろん、神戸も契約延長のオファーを出している。
さらにここにきて、古巣のFC東京も獲得に動いている、との噂がある。4年前、武藤がJリーグに復帰する時にも、名前が挙がっていた。ただ、当時はシーズン中の8月の移籍で、FC東京の攻撃陣には3人のブラジルに加え、スピードスター・永井謙佑(現・名古屋グランパス)、東京五輪代表候補の田川亨介(現・鹿島アントラーズ)ら在籍しており、武藤獲得には積極的ではなかった。結局は「自分を必要としてくれているチーム」ということで、神戸に移籍した経緯がある。
だが、今は状況が違う。ディエゴ・オリヴェイラが引退し、ワントップを任せられる選手がいない。武藤は喉から手が出るほど欲しい選手だ。武藤本人も、アカデミー時代からプレーしていたFC東京に愛着があるのは事実だろう。
神戸でアジア王者を目指すのか。浦和でクラブW杯を目指すのか。古巣のFC東京に復帰するのか。三つ巴の争奪戦となっている。
JリーグMVPの武藤は、ストーブリーグでも主役に躍り出ているのだ。
(渡辺達也)
1957年生まれ。カテゴリーを問わず幅広く取材を行い、過去6回のワールドカップを取材。そのほか、ワールドカップ・アジア予選、アジアカップなど、数多くの大会を取材してきた。