日本を元気にするためには、全国の市や町を活性化しなければならない。そこで、ユニークな経歴を持ち、独自の活動をする市議・区議を探し出し、詳しく話を聞いてみることにした。まずはあの元お笑い芸人だ。
かつて「エンタの神様」(日本テレビ系)などに登場し、「間違いない!」の決めゼリフで一世を風靡した元お笑い芸人・長井秀和。彼は2022年12月の西東京市議選に無所属で出馬し、トップ当選した。「東京のど真ん中・西東京をもっと元気に」と日々、活動を続けている。
いったいなぜ、市議に転身したのかをまず聞いたところ、
「私、新宿・歌舞伎町で焼肉店をやっていまして、コロナで経営が厳しくなった時に、どうにも地元の自治体のサポートが遅い。区議などは自分が持っている縄張りや所属政党だけを大事にして、別の地域の話には耳を傾けなかったりする。こんなんじゃいけない。だったらオレの力で少しでも変えてやろう、と思ったんです」
そして、住んでいた西東京市からの出馬を決めたという。
それから選挙までの1年半は、週に6日は朝の出勤時、駅前に立っての演説。西東京市には保谷、田無、ひばりが丘、東伏見、西武柳沢と5つの駅があり、日替わりで回っていった。そこでの主張は、西東京市の地域振興のみならず、防災問題、それに宗教問題も大きなテーマになっていた。創価学会から多額の寄付を強いられた人などの被害救済のための活動を、ずっと続けていたからだ。
「だから選挙活動中でも、ずっと気を付けてましたよ。あえて選挙事務所は作らなかった。作ると誰でもオープンに入ってこられる。知らない人が入ってきて、あとで『カネもらって長井に投票しろと頼まれた』とか言われたら致命傷になりかねない。なにしろ投票数日前にいきなり『演説で我々を誹謗中傷した』って民事訴訟を起こしてきたくらいですからね。どんな手を使ってくるかわからない」
それでも芸人としての知名度もあって、トップ当選。当選後に何が変わったかといえば、やたらと日本中、いろいろなところから相談の電話がかかってくるようになったことだ。
「市議ですから、ネットに連絡先は出してるでしょ。そうすると、少なくとも1日2~3件、多い時は10件くらいくる。西東京市の住民の方から『公共事業でこんなエコひいきをしている議員がいるから糾弾してくれ』みたいな話があることもあれば、近隣トラブルのこと、それになにより宗教被害の相談。なんと7割は西東京市以外で、大阪、沖縄、山形からも相談がありました。教団の信者の方からの抗議の電話もよくかかってくる」
地元のイベント、運動会や入学式などに呼ばれるのも、市議なればこそ。
「たまにスピーチで『間違いない』を言ってくれ、と頼まれたりはしますが、言うとそこそこウケます。入学式とかで。『エンタ』を見ていた40代の父母が多いから」
お笑い芸人として培った知名度は、まだまだ健在だ。
どの政党の力も借りない完全無所属として出馬したことについては、ほぼデメリットは感じなかったようだ。そのため、政党から「これには賛成しろ」「反対しろ」といった締め付けはないし、党の会合に参加する義務もない。
「だいたい組織で選挙運動もやらなかったし、電話もハガキも使わなかったですね。もっぱら駅立ちや市街地の街頭で話すばっかり。私が立候補することはネットや週刊誌で報道されていたし、もうそれで十分だと思ってました」
こんなやり方に賛同したのか、その知名度にすがろうとしたのか、長井の選挙があった4カ月後の統一地方選挙では、なんと20人以上の市議・区議候補者が「私の推薦人になってください」と申し出てきたという。多くは組織を全く持たない無所属候補だった。
はたして当選後、議員としてやりたかったことはやれているのかと聞いてみたら、
「まあ、道半ばですかね。西東京市は名前だけ見ると、東京都のだいぶ西側にあるイメージなんですが、実は地図で確かめたら、ほぼ真ん中。つまり首都のおカネと人が行き交う中継地点としては、最適の場所なんです。ところがその割にはまだ十分に企業誘致ができていないし、法人税も少ない。市全体が『23区のベッドタウンとして、そこそこやっていければいい』と現状に満足している部分がある。でも現状維持ではいずれ、ジリ貧になる。私はそこを変えたい。だから今まで培ったパイプなどを利用して、ITに強い企業を西東京市に誘致できないか、と動いています。シリコンバレーじゃなくて、ひばりが丘だからひばりバレーかな」
長いいわく、市議は「市のファイナンシャルプランナー」、あるいは「株主」みたいな存在なのかもしれない、と。
「市を直接動かすのは市の職員であり、市民です。でも議員だって自分なりの意見、プランはいくらでも言えるし、市をよくするために問題点をチェックしたりできる。私は現状維持では満足しませんよ」
宗教団体とのバトルを続けつつ、西東京市の発展に力を尽くそうとする。なかなかパワフルな男なのだ。
(山中伊知郎/コラムニスト)