群馬県沼田市は、高崎から上越線で水上温泉のあるみなかみ駅に行く手前にある。河岸段丘と真田幸村の兄・信之の居城があったことで知られる、人口約4万3000人あまりの市だ。今成あつこは2023年4月の統一地方選挙で、沼田市会議員選挙に当選した。
彼女の前歴は、とても政治家になるとは思えないものだった。地元の商業高校に入ったものの、喫煙がバレて3カ月で退学する。東京に出てきてからは劇団員になったり、はたまた沖縄・宮古島で雇われ店長をやったり、インドを何年間も放浪したり、また日本に戻って闇カジノのディーラーをやったり。
そんな放浪三昧の末に、目の病気もあって、30代で帰郷。中学の同級生が市議会議員になっていたため、その選挙を手伝ったりしているうちに、なんと54歳になった2023年、選挙告示の2週間前に「私、出る」と手を挙げたのだ。
結局、無所属で出馬して、定員18人の16位。ヒヤヒヤの当選だった。いったいなぜ、急に市議になろうと考えたのか。
「オレが市議会に新しい風を吹かせたい、っていうか」
なんと彼女は女ながら、自分を「オレ」と言う。
「人口が減って中心街はシャッター通りになっているのに、議会じゃいまだに派閥や会派でわちゃわちゃ争ってる。ひとりずつでも議員を替えていかなきゃな、と思ったんです」
では実際に議員をやってみて、昔の放浪経験が役に立ったことはあるのか。
「役に立ったかどうかはわからないけど、人のために何か手を差し伸べる大切さを、ずっと意識するようになりましたね。インドにいた時、オレ、ミーハー気分で『マザー・テレサに会いたい』って、彼女の施設で2週間くらい働いたんです。それで本当に彼女と会えた時、『あの人にハグしてキスしなさい』と…。もう明日にも死にそうな、ウジがわいた汚いおじいさんを指し示すんです。オレ、気持ち悪くて逃げちゃった。でもあとで考えたら、手を差し伸べるってそういうことで、決してキレイごとじゃない、ってわかったんです」
要するに市議の仕事の根本は、困っている人、恵まれていない人に手を差し伸べることだと、彼女は理解しているようだ。
とはいえ、やはり市が抱える最大の問題は「人口減少をどう食い止めるか」。町の活性化のためには、今の住民が老若男女、誰でも思い切りハラを割って話し合える環境を作らないといけない…と思って毎日せっせと、沼田の飲み屋をいろんな人と飲み歩いている。
「それでオレ、喋り出すとトイレに行くのがメンドーになるから、オムツして飲んだりもしてるんです」
相当、ワイルドな女なのだ。
(山中伊知郎/コラムニスト)
今成あつこ/1969年、群馬県沼田市出身。高校中退後、日本各地やインドなどを放浪した末に2023年、沼田市議に。自伝本「日本の洗濯は沼田から!」(山中企画)がある。