東京都の練馬区議として活動する渡辺てる子の前歴は、相当にすさまじい。「渡辺てる子の放浪記」(同時代社)なる本が、2021年に出版されているほどだ。
高校の頃から政治運動や社会運動に興味を持っていた彼女は大学時代、「警察に追われている」という12歳上の活動家と夫婦関係になり、そのまま「潜行」生活に入る。まだ20歳だった。各地を転々とし、支援者の家に泊まらせてもらう機会はあったものの、野宿は当たり前。
「ホームレスの先輩たちが、どこからか乾いた段ボールを確保して、布団代わりにしていたのはうらやましかったですね。私たちは段ボールを手に入れる方法も知らなかった」
駐車場のタイヤ止めに腰を下ろし、体育座りしたまま眠る日もあった。ホームレス生活は5年に及び、なんとその間に2人の子供を産んでいた。
ところが、ようやくそんな生活が終わった時、男は失踪し、今度は3歳と1歳の子供を抱えたシングルマザー生活がスタートする。保育園の給食調理、生命保険の営業などを経て、エネルギー関連企業の派遣社員として事務から現場業務まで、全てをこなしていった。働きまくって、なんとか2人の子供を成人になるまで育て上げたのだ。
「頑張りましたよ。人の3倍は働いたと思う。でも、正社員にはしてもらえなかった。ある役員にはこう言われました。『派遣は所詮、正社員の雇用の調整弁』って」
17年働いて、58歳で「派遣切り」にあう。ずっと若い正社員の半分以下の給与だった。
そんな日々の中で、彼女は当然のように母子家庭問題、非正規労働問題などへの関心を深めていく。それに関わる団体に入り、参議院厚生労働委員会の参考人質疑で意見を述べたりもした。
やむなくアルバイト生活を送っていた2019年、突然の転機が訪れる。まだ政党を立ち上げたばかりの「れいわ新選組」の山本太郎代表から電話が入ったのだ。
「選挙、出ませんか」
まさに参議院議員選挙の告示日前日の申し出。れいわ新選組は「当事者」を大切にすることを標榜する政党だった。障害者、シングルマザー、非正規労働者…そんな人々の問題を当事者抜きで政策決定されることに対し、風穴を開けたいと考えていた。だから彼女の噂を聞きつけ、「わが党にピッタリ」と感じたのだろう。選挙運動にかかる費用はほぼ全額、党がもってくれた。彼女は参院選比例代表に出馬した。
しかし、結果は落選。2021年には衆議院選の比例東京ブロックで出馬するが、これも落選した。
2回落ちたところで、れいわ新選組からは「この次の立候補はない」と言われ、いわばフリーになったところに声をかけてきたのが立憲民主党だった。
「練馬区議会の補欠選挙に出馬しませんか」
区議選といっても、補欠選挙は練馬区全体で5人立って、当選者は2人。そこで実に5万5000票あまりを獲得して当選した。
もちろん彼女の最大の武器は貧困問題、シングルマザー問題、非正規雇用問題、その全ての「当事者」であったことだ。彼女は言う。
「シングルマザーのことでも、ただおカネの支援をするだけではいけない。例えばIT関係のスキルを身につけてもらって、安定雇用につながるシステムを作っていくとか。これは区でも十分に取り組めるし、当事者としての経験がある私が動いていく方が、よりスムーズに進むと思うんです」
ただ一方で、「当事者」の言葉が全てではない、とも語る。
「どうしても当事者は、自分の経験が全てだと、一面しか見ないで凝り固まってしまう傾向があります。いろんな事例の中のひとつとして、客観的な分析ができる視点や見識も必要なんです。当事者と周囲とが協力し合って推し進めていかないと」
練馬区独自で抱えている問題にも、積極的に関わっている。
「人口が70万人以上もある割には、病院が少ない。まだ畑も残っていて、昔ながらの住民もいらっしゃる一方、若い層のベッドタウンにもなっていて、その新旧の皆さんの交流が難しい。地域のイベントなどで、もつと皆さんがうまくつながっていければと考えています」
議員になってちょっと困ったのは、周囲から「お金持ちになった」と誤解されることだという。
「確かに議員報酬はいただけますが、とにかく出ていくおカネがとても多い。区政に関する活動経費は政務活動費でまかなえますが、それ以外の活動経費は報酬から捻出します。さらに数百万円単位の、次の選挙費用も貯めなければなりません。社会保険料や、選挙の際にかかった経費の借金返済もあります。議員として出席する会合や式典には、それなりの服装で行くことを求められます。私の場合、シングルマザーとして借りていた子供たちの教育費も、まだ完済していません。議員になって生活が楽になった、なんて実感は全くありません」
その上で、彼女は苦笑しながらこう語る。
「もし議員でなくなったら、またホームレス生活かも」
現在、2期目。支持者、有権者からの寄付は今のところ、受けない。その人たちの「応援の声」が、議員活動の中での一番の支えになっているのだ。
(山中伊知郎/コラムニスト)