西武の18歳ルーキー・松坂大輔は視線を逸らさない。睨み返して前に出た。
視線の先には、打席からバットを手にマウンドに向かって襲い掛かろうとする日本ハムのマイカ・フランクリンがいた。身長183センチの大柄な選手である。
松坂が顔面付近に151キロのブラッシュボールを投げたのだ。その後どうなったのか。
昭和の怪物・江川卓からバトンを受け取った、平成の怪物・松坂のデビュー戦は華々しかった。
1999年4月7日、東京ドームでの日本ハム対西武2回戦。
西 0 1 0 0 4 0 0 0 0=5
日 0 0 0 0 0 0 0 2 0=2
立ち上がりから凄かった。1回、先頭打者の井出竜也に対し、149キロの真っすぐで空振り三振を取った。ストライクで押すという意思表示だった。
さらに、2死無走者で巧打者・片岡篤史を2‐2と追い込むと、真っ向勝負を挑んだ。内角高め。見逃せばボール球だった。しかし片岡はのけぞるようにバットを振らされた。
球速が電光掲示板に表示された。155キロ。この時点で、最速はロッテ・伊良部秀輝の158キロだった。155キロは5位だった。
4万4000人の観客が立ち上がった。まるでメジャーのようなスタンディングオベーションだ。18歳は振り返りもせずに、小走りでベンチに引き揚げた。
立ち上がりから力のある速球と切れ味抜群の変化球で、日本ハム打線を抑え込んだ。そして無安打無得点で迎えた5回2死、2–1からのフランクリンへの1球で、両軍が入り乱れて乱闘寸前になったのだ。
松坂は平気だった。逃げる気はなかった。その後の2球も自信を持って内角を突いて打ち取った。「超」の付く強心臓だ。
試合後には「そんなに怒る球じゃなかったと思うんですけど」と首を傾げ、報道陣から「逆にムッと来た?」と聞かれてこう返した。
「来ましたよ。珍しくボクも頭に来ましたよ」
慌てたのはベンチの監督、「元祖ケンカ投法」の東尾修だった。目で合図を送られると、松坂には笑う余裕があった。
沈黙する日本ハム打線の中で気を吐いたのが小笠原道大だった。6回1死からチーム初安打を放つと、8回1死二塁では真っすぐをバックスクリーンに運んだ。
初登板無安打無得点の夢は破れたが、8回を132球5安打9奪三振の2失点で初勝利を飾った。
無安打2三振の片岡は言った。
「18歳はウソみたいだ」
オープン戦では制球の悪さを露呈し、評論家の中にはプロ初先発を不安視、疑問視する声が上がっていた。
「ボクは本番に強いと思っている。甲子園でもそうでした。自分を信じていた」
松坂は98年に神奈川・横浜高時代にエースとして、春のセンバツを制して夏の甲子園に乗り込んで、春夏連覇を果たした。
京都成章高との決勝戦では、ノーヒットノーランを達成した。80年に活躍した荒木大輔を由来として名づけられた少年は、マンガのような活躍で「第2次大ちゃんフィーバー」を巻き起こした。
「平成の怪物」として鳴り物入りで、3球団競合の末に西武に入団した。この年、高卒1年目にして16勝を挙げて最多勝と新人王に輝いている。投げるたびに印象に残る勝利を重ねた。笑うとあどけない表情を浮かべる18歳に、日本中のファンは熱狂した。
デビュー戦から約1カ月後の5月16日だった。
西武球場でのオリックス10回戦で、後に「平成の名勝負」と称されたイチローとの初対決が実現した。
イチローはすでに、5年連続で首位打者を獲得中のスーパースターである。松坂は右手中指の違和感から登録を抹消されており、復活登板だった。
プロ入り前に「三振を取りたい」と熱望していた希代の安打製造機だ。その誓いをあっさりと実現した。
1回、カウント2‐2からの6球目は、外角高め147キロの真っすぐだった。イチローのバットが空を切った。
3回2死一、三塁では、外角スライダーで見逃し三振。さらに6回には、同じ外角スライダーで空振りの三振に仕留めた。
3打席連続三振だ。イチローは三振をしない打者だった。97年には、216打席連続無三振の日本記録を樹立している。
松坂は完投こそならなかったが、3勝目を挙げてお立ち台に立った。
「これまではプロに入って何か自信がなかったけど、イチローさんを三振に取って、自信が確信に変わりました」
これでプロの世界でやっていけると思ったという気持ちから出た言葉だった。
「勝負以外の楽しみができました。3三振したボクが言うことじゃないですけどね、ハハッ」
イチローにとって、並々ならぬ闘志をかき立てられる投手と出合ったことは大きな収穫だった。イチローほどの打者である。次の対戦を見据えていた。初対決の日以来、松坂から三振をしなかった。
7月6日、神戸での西武戦で、完封勝利目前の松坂から本塁打を放った。通算100本目の記念すべきアーチだった。
松坂は06年のオフ、より高みを目指して海を渡った。翌07年からメジャーでプレーした。時あたかも今年は、ポスティングシステム(入札制度)を使ってドジャースに入団した23歳の投手・佐々木朗希が日本でメジャーデビューする。22年に完全試合を達成した「令和の怪物」である。
江川から松坂、そして令和の佐々木はどんなデビューを披露するのだろうか。
(敬称略)
猪狩雷太(いかり・らいた)スポーツライター。スポーツ紙のプロ野球担当記者、デスクなどを通して約40年、取材と執筆に携わる。野球界の裏側を描いた著書あり。