筆者は冬から春先にかけてのスキー旅行をはじめとして、マイカーによる個人的な国内旅行を無上の趣味としてきた。そんな筆者が長年にわたって秘かに不満を募らせてきたのは、「1泊2食付き」をスタンダードとする旅行業界の「悪弊」だった。
中でも辟易とさせられてきたのが「夕食」である。スキー場に隣接する宿泊施設で言えば、旅館であれ民宿であれロッジであれ、多くの場合、「これでもか」と言わんばかりの大量の夕食が、それこそ「押し売り」のように提供されるのだ。
一例を挙げれば「先付けの4点盛り」とやらに始まり、「しのぎの握り寿司」「川魚の塩焼き」「刺身の盛り合わせ」「季節の天ぷら」「ハンバーグのナポリタン添え」「しゃぶしゃぶ鍋」「蒸し物と煮物」「もりそば」「ご飯」「漬物」「椀物」「食後のスイーツ」「コーヒー」などが、次々とテーブルに並べられていくのである。宿泊施設によっては、これらの基本メニューに加えて、「食べ放題」のバイキングまで用意されているケースもあった。
食欲旺盛な若い時分ならいざ知らず、すでに還暦を過ぎた筆者にとって、このような食の強要は「拷問」に近い。結局、8割方のメニューを無理矢理、胃に流し込むことになるのだが、これらの押し売りメニューの料金は、宿泊代にキッチリ上乗せされているのだ。
もちろん「朝食付きのみ」のオプションを選択する手がないわけではない。しかし、賑やかな街中にある旅館やホテルは別として、奥地に所在する宿泊施設の周辺では「夕食」が可能な飲食店は極端に少ない。「ならば近くのコンビニで弁当でも買うことにするか」ということになるのだが、コンビニすら存在しないエリアが少なくないのに加え、旅館組合との営業協定の結果なのか、コンビニと似た店舗があったとしても、弁当やおにぎりや総菜などの商品が、ことごとく販売されていない地域が多いのだ。
そんな中、全国的にも有名な群馬県の草津温泉をはじめとする全国各地の温泉地の宿泊施設を中心に、「朝食のみ」か「素泊まり」に特化した「泊食分離」の試みが導入され始めている。草津温泉では泊食分離の広がりによって、2023年度の観光客数は過去最高の370万人を記録し、2024年度もさらなる増加が見込まれているという。
泊食分離の試みが全国的な広がりを見せる背景には、日本の食文化を自由に楽しみたいと考える訪日外国人客(インバウンド)の増加がある。そして「押し売りのような1泊2食付きはもうコリゴリ」と感じている日本人は、筆者ばかりではないだろう。
宿泊施設を含めた日本の旅行業界は「自由な旅行スタイル」の定着に向け、大きな舵を切ることができるのか。今後の動向が大いに注目される。
(石森巌)