「嫌な予感がしていました」
大相撲春場所の初日の取組を終えてそう口を開いたのは、ベテランの相撲ライターである。
「阿炎との対戦成績は11勝6敗と横綱が上回っているものの、過去1年は2勝3敗と負け越している。現在、連敗中でした。新横綱の初日としては、嫌な相手だった」
新横綱・豊昇龍が小結・阿炎にわずか2秒で突き出されるという、完敗スタートを評してのものだ。
立ち会いで張り差しにいく豊昇龍だったが、阿炎の鋭い立ち会いのスピードが上回って有効打とはならず。差しも決まらずに、阿炎の突きをまともに受ける格好になった。あっという間に土俵を割ったのである。
阿炎は1週間前に食あたりに見舞われ、体重を6キロ落とすアクシデントが発生。体調は万全とは言えないのに、そんな相手にあっけなく敗れてしまった。
「やっぱり横綱昇進は早すぎたのでは…」
案の定、そう思えてくるのだ。
初場所で三つ巴の優勝決定戦を制して、逆転優勝を果たした豊昇龍。横綱昇進の目安とされる「直前2場所を大関で連続優勝するか、それに準ずる成績」は一応、満たした格好だったが、審判部からは異論が出ていた。
すなわち、その1場所前は8勝7敗だったこと、初場所千秋楽で優勝を争っていた金峰山が本割で勝っていたら豊昇龍は決定戦にも進めない「他力本願」の優勝だったこと。「もう1場所、様子を見てからでもいいのでは」という意見が出たのだ。しかし横綱審議委員会ではあっという間に話し合いが終了し、横綱昇進が決定した。
「これでは何のために横綱審議委員会があるのかわからない。横審不要論が出たのは、そのためです。もし豊昇龍が今場所、散々な結果だった場合、『それ、みたことか!』と横審に対する批判の声は再び高まります。それでも彼らが責任をとることはない。横綱が自分自身で道を切り開くしかないでしょうね」(前出・相撲ライター)
平成以降の新横綱は豊昇龍で12人目だが、初日に敗れたケースは貴乃花以来となる2人目。ただ、貴乃花はその後、持ち直して13勝2敗で優勝している。豊昇龍にその底力はあるか。
(石見剣)