5月は、4月から新生活を始めた人が、新しい環境になじめずに「うつ」になってしまうことが多い季節。ということで、前回の「うつ病」の続きです。
今回はまず先にチェック項目(ページ下部)をご覧ください。前回は「うつ病になりやすい人」のチェックでしたが、今回は「うつ病になっていないかどうか」のチェックです。
【1】は、誰でも一度は経験したことのある症状ですが、これが2週間以上、毎日続くことが一つの目安となります。
【2】は、うつ病の日内変動といって、朝から午前中に症状が強く、午後になると元気になるというものです。
【3】は、うつ病になると睡眠にトラブルが生じることが多いのですが、そのパターンとして、明け方に目が覚めることが特徴的です(早朝覚醒といいます)。いずれも症状が2週間以上続けば要注意です。
特に【10】は大変な重症です。自殺願望があっても自殺する気さえ起こらないほど無気力な期間を経て、少し元気が出てきた時に突発的に自殺してしまう、というケースが往々にして見られます。周囲の人が早く気づいてあげることが必要です。
前回もそうでしたが、今回も、自分だけでなく、周囲に当てはまる人がいないかどうかもチェックしてみてください。
ちなみに、最近は学校の教師たちの間でうつ病が増えていることが注目されています。10年間で約8倍に増加したとの統計もあります。病気で休職されている教師のうち、なんと6割以上が精神的な疾患であると、2008年の文部科学省の調査で明らかになったのです。
その背景には、教育内容の変化、多様化する生徒や保護者への対応、職場の人間関係などの教職員のストレス増加があると考えられています。一時期、話題になったモンスターペアレントなる保護者の出現も無関係ではないでしょう。
さらに近年は、大人だけでなく、子供のうつ病も、残念ながら激増しています。ある調査では、小学生の60人に1人、中学生の20人に1人が「うつ」であると報告されていますし、小学生の1割は「うつ」の傾向を示すとも言われているのです。
ちなみに、子供の「うつ」は、憂鬱な気分を訴えることは少なく、だらしなさややる気のなさが前面に出てくる場合と、体の不調の訴えのみが生じてくる場合があります。つまり、子供では「抑うつされた気分」という症状が周囲からわかりにくいので、なかなか正しい診断がなされないのです。
では、もし「うつ病」になってしまったら、どんな治療を行うのか。「うつ」の治療は、薬物療法と精神療法から成ります。薬物療法は、この10年余りで大きく発展しました。以前は、抗うつ剤というと(例えば三環系抗うつ薬という薬ですが)、眠さ、ふらつき、喉の渇きなどの副作用がかなり強く、日常生活に影響を及ぼしていました。しかし、最近は新薬のSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)や、SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)が第一選択として使われています。これらは抗うつ作用が強く、副作用は以前と比べると非常に少なく、服用して比較的速やかに効果が出ることも特徴です。
「うつ」の場合、脳の中での神経間の信号のやり取りに関わる物質に異常が生じ、主に安らぎのホルモンと言われているセロトニンと、やる気のノルアドレナリンの放出が弱くなることが原因だとわかってきています。そのため、治療薬はセロトニン、ノルアドレナリンの量を脳内に増やすことを主眼としているのです。
また、「うつ」には薬物治療だけでなく、主に回復期に行う精神療法もとても重要です。その中でも、認知療法というものがあります。これは自分の心のクセや考え方のパターンを客観的に見るようにさせ、どのようなストレスで「うつ」になったかを患者さん自身にわからせるというものです。この精神療法を円滑に行うには、患者さんと医師との信頼関係の存在が鍵となります。他の多くの病気と異なり、血液検査やX線検査などで客観的にわかる病気ではありませんから、医師の役割が大きいのです。「うつ」の場合、「数カ所の病院を回って、やっと自分のことをよく理解してくれる医師に巡り会えた」という話もよく聞きます。セカンドオピニオンという言葉もあるように、納得できない治療経過なら、病院を変えることも一つの考えです。
その他、注意しなければならないことは、
A 病院へはできるだけ家族が付き添い、日頃の状況を正確に医師に伝えること。
B 処方された薬は勝手に加減せず、決められたとおりに服用する。
C うつ病の状態では、離婚や転職などの大きな決断や決定はしない。うつ病の時は何でも悪く物事を考えてしまうので、うつの状態で大事な決断や決定をすると、治った時に後悔することが多いのです。
D 励ましたりするのは逆効果。温かく見守ることが大事です。また、外出や運動を無理に勧めず、とにかくゆっくり休ませてください。
さらに付け加えると、「うつ」の人には、こんなことを言ってはいけません。
「頑張れ」⇒真面目で几帳面な患者をさらに追い込んでしまいます。
「怠けているんじゃないの?」⇒怠けているのではなく、病気がそのようにさせているので、病気であることをわかってもらえないと、どんどんつらくなる。
「誰にでもあることだよ」⇒イヤなことがあって落ち込むのと、うつの落ち込みとは性質がまったく違う。周囲に理解されていないと思ってしまいます。
「どれくらいで治るの?」⇒ただでさえ不安になりやすいのに、さらに不安を助長します。
「きっかけは何?」⇒過去のことを考えさせても、くよくよさせるだけです。
いかがでしょうか。自分自身も、そして周囲の人も、みんなで「うつ」の早期発見・早期治療を心がけましょう。
──うつ病チェック項目──
【1】やる気が湧いてこない。気分が落ち込む
【2】朝、目覚めた時がいちばん苦しく、午後になって比較的楽になる
【3】朝、早くに目が覚める
【4】テレビや新聞を見る気がしない
【5】自分はダメな人間だと思う(自己否定感が強い)
【6】食欲がなく、体重が著しく減った
【7】以前は熱心に取り組んでいた趣味が、最近つまらなく感じる
【8】以前はすばやく片づけていた仕事が、なかなか進まず、だんだん時間がかかるようになってきた
【9】動きが緩慢になったり、声が小さくなった、と周りの人に言われる
【10】全てを投げ出して、この世から消えてしまいたい、と思うことがある
※2週間以上続く項目が1つでもあれば、速やかに医療機関へ相談することをおすすめします。
◆監修 森田豊(もりた・ゆたか) 医師・医療ジャーナリスト・医学博士。レギュラー番組「バイキング」(フジテレビ系)など多数。ドラマ「ドクターX~外科医・大門未知子~」の医療監修も務めた。